弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

保存期間経過後のクロワッサン等を窃取した給食調理員に対する懲戒免職処分が違法とされた例

1.懲戒処分の実情

 公務員には種別毎に懲戒処分の標準例が定められています。

 例えば、国家公務員の場合、平成12年3月31日職職-68『懲戒処分の指針について』が標準例にあたります。

 ここには、

「公金又は官物を窃取した職員は、免職とする。」

といったように、非違行為の類型と標準的な懲戒処分との対応関係が規定されています。

懲戒処分の指針について

 この標準例の枠内に収まっている処分が違法とされることは、基本的にはありません。理由は法律の構造と最高裁判例にあります。

 懲戒処分の根拠規定は極めて雑駁です。

 例えば、国家公務員法82条1項3号は、

「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」

を懲戒事由として掲げています。これには私生活上の行為も含まれると解されており、処分行政庁は不適切だと考える行為を全て捕捉することができます。要するに、懲戒処分の発動要件は、要件としての体裁を為していません。

 それに加え、懲戒処分の違法性の有無の判断基準に係るリーディングケースである最三小判昭52.12.20労働判例288-22神戸税関事件は、

「公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。」

と判示しています。「社会観念上『著しく』妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱」する行為など、そうそうあるものではありません。

 ①要件が要件として機能していないうえ、②裁判所も積極的に懲戒権行使の在り方を審査することに抑制的であるーこれが公務員に対する懲戒処分は滅多なことでは違法にならない理由です。標準例の枠内に沿ったものであるなら猶更となります。

 しかし、近時公刊された判例集に、標準例の枠内でありながら、懲戒処分(懲戒免職処分)が取り消された裁判例が掲載されていました。名古屋地判令6.7.22労働判例ジャーナル153-22 名古屋市・名古屋市教委事件です。

2.名古屋市・名古屋市教委事件

 本件で原告になったのは、平成9年に被告名古屋市に採用され、以後、学校給食の調理員として勤務してきた方です。

「令和4年2月3日、名古屋市立C小学校(以下『本件小学校』という。)の調理場において、勤務中、保存食として冷凍保存されていた油揚げ2袋、クロワッサン1個及びリンゴロールパン1個(以下、併せて『本件物品』という。)を、自宅に持ち帰り食べることを目的として、自分の鞄に入れた」

という非違行為(本件非違行為)を理由に

懲戒免職処分(本件懲戒免職処分)、

一般の退職手当等(1149万1148円)の全部を支給しないこととする退職手当支給制限処分(本件退職手当不支給処分)

を受けました。これに対し、行き過ぎではないかとして、本件懲戒免職処分、本件退職手当不支給処分の取消を求め、出訴したのが本件です。

 本件懲戒免職処分のもとになった標準例は、「名古屋市教育委員会における懲戒処分の取扱方針」(本件取扱方針)といいます。この標準例に照らすと、

「公金又は物品を窃取した職員」は「免職」

とされていました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件懲戒免職処分、本件退職手当不支給処分の両方を取り消しました。

(裁判所の判断)

「本件非違行為の当時、本件物品のうち、リンゴロールパン1個は2週間の保存期間内であり(保存開始日は令和4年1月28日頃・・・)、油揚げ2袋及びクロワッサン1個は上記保存期間が経過していた。」

(中略)

「本件懲戒免職処分が社会観念上著しく妥当を欠き、懲戒権者である処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものと認められるか否かについて検討する。」

「本件非違行為は、学校給食の調理員であった原告が、公金物である保存食を窃取したというものであるが、窃取の対象物である本件物品は、油揚げ2袋及びパン2個であり・・・、その財産的価値自体は少額であって、その数も比較的少量にとどまる。また、本件非違行為の当時、本件物品4点のうち3点は保存期間が経過しており、その余の1点も保存開始から6日程度経過していたというのであり、それを検査等に使用することが必要となっていたことはうかがわれないから・・・、近い時期に廃棄されることが見込まれていたものと認められる。これらのことからすれば、財産的損害の点から見た本件非違行為の結果は、相当に軽微なものであるといわざるを得ない。」

「他方で、安全な給食を提供する役割を担う学校給食の調理員が保存食を窃取する行為は、必ずしも財産的損害の程度にかかわらず、学校給食の衛生管理の適正な遂行及びこれに対する市民の信頼を損なう結果を生じさせ得るものである。しかしながら、このことを踏まえても、本件非違行為は一回的行為であり、原告が本件非違行為のほかに保存食等を窃取していたことを認めるに足りる的確な証拠もないことに加え、保存食の検査等のための本件物品の使用が現実に必要となったことはうかがわれないことを考慮すると、本件非違行為による公務の遂行及びこれに対する市民の信頼の失墜の程度が重大であるとまではいえない。」

「さらに、上記・・・のとおり、本件非違行為及び本件懲戒免職処分については、市教委の公表に基づく報道がされていることは認められるものの、原告が出勤しなくなかったことによる人員調整等の支障及び本件非違行為による他の調理員の信頼関係の毀損を除くと、本件非違行為により、被告の業務に具体的な支障が生じたことはうかがわれない。」

「これらのことからすると、原告が、保存食を含む公金物の窃取が懲戒免職処分の対象となる行為である旨の注意喚起を受けていたにもかかわらず、明確な窃取の意思の下で、自己中心的な動機に基づいて本件非違行為に及んだものと認められること・・・などの被告指摘の事情を踏まえても、本件非違行為が免職を相当とする程度の非難可能性のある行為と評価することはできないというべきである。」

本件非違行為は、本件取扱方針にいう『公金又は物品を窃取した』に該当し、その処分の量定の標準例は『免職』と定められている。しかしながら、一般に、窃取行為による財産的損害の多寡は、その非難可能性の程度に影響を及ぼす重要な要素であるところ、本件取扱方針においても、個別の事案の内容によっては、標準例に掲げる量定以外とすることもあり得るとされていることや、免職は懲戒処分の中で最も重い量定であって、本件取扱方針に掲記された各非違行為についてみても、標準例として免職以外の量定が定められているものが少なくないことに照らすと、公金物の窃取に係る上記の標準例は、窃取行為による結果が軽微であることなどにより、処分の量定として免職を選択することが相当でないと評価すべき事情が認められる場合には、免職以外の処分を選択することを想定したものであると解される。上記・・・で検討したとおり、本件非違行為については、財産的損害の点から見た結果が相当に軽微であり、他にその結果や態様等の悪質性について重大視すべき事情は認められないことに照らせば、本件取扱方針の標準例に従って処分の量定として免職を選択することが相当でないと評価すべき事情があるというべきである。このことに加え、上記・・・の前提事実・・・のとおり、原告が過去に懲戒処分歴を有しておらず、本件非違行為の後に謝罪や反省の態度を示していることなどの各事情を総合的に考慮すれば、原告に対し、免職を選択することは重きに失するものといわざるを得ない。本件懲戒免職処分は、これらの事情を看過してされたものであって、社会通念上著しく妥当を欠き、処分行政庁において、その裁量権の範囲を逸脱したものと認めるのが相当である。

「したがって、本件懲戒処分は違法である。」

(中略)

「以上によれば、本件懲戒免職処分の取消しを求める原告の請求は理由があり、また、本件懲戒免職処分を前提とする本件退職手当不支給処分も違法であるから、その取消しを求める原告の請求も理由があるというべきである。」

3.標準例の枠内でも違法と認められた珍しい例

 上述のとおり、裁判所は標準例の枠内であった懲戒免職処分を取り消しました。

 行ったこととの均衡から、一般の方は当たり前だと思われるかも知れません。

 しかし、公務員関係訴訟の実情を知る弁護士から見ると、かなり異例なことと捉えられます。標準例の枠内にあっても懲戒処分が違法になる余地があることを実証した事例として、実務上参考になります。