弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

盗撮行為を理由とする懲戒解雇が無効とされた例

1.職務外での痴漢・盗撮を理由とする懲戒解雇

 職場におけるセクシュアルハラスメントは、多くの企業において懲戒事由と定められています。態様や被害が酷い場合、懲戒解雇されることもあります。懲戒が企業秩序を維持するための仕組みであることを考えて頂くと、職場におけるセクシュアルハラスメントが懲戒の対象になることは、理解し易いのではないかと思います。

 それでは、職場を離れた私生活上の行為、職務外での行為は、懲戒権行使の対象になるのでしょうか?

 この問題については、一般に、次のとおり理解されています。

「労働者の私生活上の非行についても、『会社の名誉、信用を毀損し会社の体面を汚す行為』、『刑罰法規に違反する行為』等として懲戒事由とされ、懲戒の対象とされることがある。使用者の企業秩序定立権は、労働者の職場外でなされた職務遂行に関係のない行為にも及ぶと解されている・・・が、職場外・職務遂行以外の行為については労働者の私生活(プライバシー)の尊重の要請もはたらくため、それを理由になされた懲戒処分については、懲戒事由該当性や懲戒処分の相当性(権利濫用性)がより厳格に判断されている。」水町勇一郎 著『詳解 労働法 第3版』(東京大学出版会、2023年)619頁参照)

 要するに、

懲戒権行使の対象にはなる、

ただし、懲戒権の権利濫用性は職務上の行為を理由とする場合よりも厳格に判断される

ということです。

 ただ、厳格に判断されるとはいっても、痴漢や盗撮を含む性犯罪を理由とする懲戒解雇/懲戒免職となると話が違ってきます。多くの人の生理的嫌悪感を刺激する行為であるからか、刑事事件としての量刑・処分量定に関わらず、懲戒解雇/懲戒免職となるケースは少なくありません。

 しかし、近時公刊された判例集に、職務外で行われた盗撮行為を理由とする懲戒解雇が無効とされた例が掲載されていました。名古屋地判令6.8.8労働判例ジャーナル153-14 日本郵便事件です。

2.日本郵便事件

 本件で原告になったのは、日本郵便の職員の方です。

「通勤途上の勤務時間外、名古屋市営地下鉄の電車内において、自己の所有する小型カメラを録画状態にしてリュックサック内に設置し、口を開いたリュックサックを足元に置いて、被害者のスカート内を撮影しようとした行為」(本件行為)

を理由に懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 なお、原告は、行為同日、愛知県迷惑防止条例違反により、逮捕されています。刑事処分としては、逮捕翌日釈放され、被害弁償を行った後、不起訴とされています。

 この事件で原告が依拠したのは、被告の懲戒規程です。

 被告の懲戒規程には、

「懲戒を行う場合には、懲戒標準により量定を決定する・・・」

「職務外の非違については、刑事事件により有罪とされた者は、『懲戒解雇~減給』とし、刑事事件により有罪とされた者以外の行為により、会社の信用若しくは名誉を棄損し、又は業務に支障をきたした者は、基本は『減給~注意』とし、重大なものは『懲戒解雇~停職』とする・・・。」

と定められていました。通勤時間は労働時間ではありませんし、不起訴処分は有罪判決ではありません。そうであるならば、減給~注意が基本とされなければならず、懲戒解雇は重すぎるのではないかという論理です。

 この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒解雇を無効であると判示し、地位確認請求を認めました。

(裁判所の判断)

「前記前提事実・・・のとおり、原告は本件行為に及んだことが認められるところ、職務遂行と直接関係のない従業員の私生活上の非行であっても、会社の企業秩序に直接の関連を有するもの、又は、企業の社会的評価の毀損につながるおそれがあると客観的に認められるものについては、企業秩序の維持確保のための懲戒の対象となり得るものというべきである。」

「そこで検討するに、本件行為の内容自体は、原告が電車内で女性の乗客のスカート内を撮影しようとしたものであるところ・・・、被告は、職務外非行による信用失墜行為の根絶に向け、ミーティングにより従業員に対して周知するなどの取組を行っていたことが認められる・・・。そうすると、本件行為について報道がされず、被告の社会的評価を低下させることはなかったとの原告の主張を考慮しても、本件行為は、被告の企業秩序に直接の関連を有するものであり、被告の社会的評価の毀損につながるおそれがあると客観的に認められるから、懲戒の対象となり得るということができる。そして、原告は、被害者を撮影したことを認めているから、本件行為は、愛知県迷惑行為防止条例に違反する行為であるといえ、法令に違反したとして就業規則81条1項1号に該当する。また、従業員による盗撮行為は、会社の信用を傷つけ、又は会社に勤務する者全体の不名誉となるような行為といえるから、就業規則81条1項15号にも該当するというべきである。」

「そこで、被告が本件行為につき、本件懲戒解雇を選択したことが社会通念上相当であるといえるか否かについて検討する。」

「本件行為は、被害者の性的な姿態の撮影を目的とするものであるところ、

〔1〕性的な姿態に対する撮影行為が行われた場合に、撮影時以外の他の機会に不特定又は多数の者に見られるという重大な危険を有すること等を踏まえ、令和5年6月16日に性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律が制定され、本件行為日の翌日である同年7月13日に施行されたこと・・・、

〔2〕原告は、令和4年の夏頃から同様の手口で盗撮をしていたと供述していること

などからすれば、本件行為は、極めて卑劣なものであって、社会的に厳しい非難を免れないものである。」

「また、被告は、令和2年4月以降、業務外非行による信用失墜行為につき、研修等により繰り返し指導しているが未だに根絶には至っていないとして、飲酒運転・人身事故及び物損事故並びに盗撮、児童買春等の破廉恥事案について、原則『懲戒解雇(退職手当一部不支給)』により措置することとし、ミーティング等において社員に周知することとし、原告は、本件行為時、e郵便局郵便部課長として、これを指導する立場にあったことが認められる・・・。」

「他方、本件行為については、前記のとおり、行為時においては条例違反にとどまり、その法定刑に照らせば、他の法令違反行為と比較して重い法令違反行為であるとまではいえない。原告は被害者と示談をし、令和5年11月16日には不起訴処分がされており・・・、刑事手続において有罪判決を受けたものではない。また、懲戒標準においては、職務外の非違行為において刑事事件により有罪とされた者は、基本として『懲戒解雇~減給』とされているのに対し、それ以外の非違行為については、基本として『減給~注意』、重大なものとして『懲戒解雇~停職』とされているところ・・・、本件行為は、それ以外の非違行為に分類されるものであり、刑事事件において有罪判決を受けた場合と比して、類型的に、会社の業務に与える影響や被告の社会的評価に及ぼす影響は低いということができる。さらに、本件行為が行われて以降、本件行為ないし本件行為に係る刑事手続について報道がされておらず、その他本件行為が社会的に周知されることはなかったことが認められ、原告自身も本件行為日の翌日には釈放されており、通常の勤務に復帰できる状態になったことが認められる・・・。そうすると、本件懲戒解雇時点において、本件行為及び原告の逮捕によって、被告の業務等に悪影響を及ぼしたと評価することができる具体的な事実関係があるとはいえない。

これらの事情に加え、原告が過去に懲戒処分歴を有していないこと等も考慮すると、本件行為を懲戒事由として、懲戒解雇を選択したことは、懲戒処分としての相当性を欠き、懲戒権を濫用したものとして無効であるといわざるを得ない。この点、被告は、被告における従前の処分事例との比較から、本件行為について懲戒解雇を相当とした被告の判断は適正である旨主張するが、被告が指摘する従前の処分事例・・・は、刑事事件における有罪判決がされたかどうかという事実自体明らかではない上、職場内における盗撮行為かどうかなどの非違行為の内容、報道の内容やその程度等によって被告の社会的評価に与える具体的な影響の程度も異なるから、被告が指摘する従前の処分事例と本件とを直ちに同列に扱うことはできず、被告の上記主張は結論を左右するものとまでは認められない。また、被告は、原告が本件行為による逮捕を被告に報告することを拒んだなどとも主張するが、これを認めるに足りる証拠はない上、原告の妻は、原告が本件行為による逮捕をされた日に被告に連絡をして本件行為による逮捕を告げており、この点も結論を左右するものとまでは認められない。

よって、本件懲戒解雇は、無効である。

3.余罪、同種処分との均衡論からの防御に成功している

 本件で興味深く思われるのは、余罪や同種処分との均衡論からの防御に成功していることです。

 想像がつくと思いますが、痴漢・盗撮系統の犯罪で、最初にやって即時摘発されるという例は、それほど多くありません。大体、摘発されるにいたるまでの間に、相当回数、同種行為に及んでいます。こうした同種余罪は、犯罪捜査の過程等で、記録媒体が押収され、言い逃れできない状態になっているのが普通です。こうした背景もあり、痴漢・盗撮を理由とする懲戒解雇を争う事件では、概ねの場合、同種余罪が多数存在することが問題になります。常習的に痴漢・盗撮行為をしている人と一緒に働けるのかという議論です。

 また、痴漢・盗撮系統の犯罪で懲戒解雇になった人の多くは、(復職しても居心地が悪いことが想像されるからか)裁判までして復職しようとはしません。結果、痴漢・盗撮系統の犯罪で懲戒解雇された処分実例が、企業内に蓄積して行くことになります。使用者側は、こうした処分実例との均衡を根拠に、

懲戒解雇は重くない、

との主張を展開します。処分が重いか軽いかを評価する尺度は、結局、企業内の処分実例になるので、これはかなりの力を持ってきます。

 こうした議論から労働者をガードし切ることは一般論として容易ではありません。しかし、裁判所は、いずれの点も認識したうえ、それでも、懲戒解雇無効という結論を採用しました。

 性的不祥事をめぐる処分量定は、年々、重くなって行く傾向にあります。そうした流れの中、処分量定の重罰化に一定の歯止めをかけた事例として、本裁判例は実務上参考になります。