弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒処分歴がなくてもパワハラで懲戒免職になった例(消防職員)

1.消防職員のパワハラ

 近時、パワハラを理由とする消防職員に対する懲戒処分/分限処分の効力が問題となる裁判例の公刊物への掲載頻度が上がっているように思われます。

 中でも重要なのが、最三小判令3.9.13労働判例ジャーナル128-1 長門市・長門消防局事件です。この事案は、分限免職処分の取消を認めていた一審、二審の判断を覆し、事前の指導・処分歴がなかったにもかかわらず、パワハラを理由とする分限免職処分を適法・有効だと判示し、実務家の注目を集めました。

 この裁判例が潮目になって、パワハラに対する処分量定が変わってくるかもしれないと裁判例の動向を注視していたところ、近時公刊された判例集に、懲戒処分歴のない消防職員に対するパワハラを理由とする懲戒免職処分を有効だと判示した裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.3.16労働判例ジャーナル138-28 茨木市・茨木市消防長事件です。

2.茨木市・茨木消防長事件

 本件で被告になったのは、消防本部を設置する普通地方公共団体です。

 原告になったのは、被告の消防職員2名です。いずれも救急救命士の免許を取得しており、それぞれ消防副士長(原告a)、消防士長(原告b)として勤務していた方です。同僚職員(f)の頚部に自動血圧計のマンシェット(腕等に巻き付けて空気を送り込む部分)を装着して血圧計を作動させ、同僚職員の顔面や眼球に点状出血を生じさせたとして、懲戒免職処分(原告aに対するものが本件処分1、原告bに対するものが本件処分2)を受けました。これに対し、被告を相手取って、懲戒免職処分の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告らがした行為の概要は次のとおりです。

(裁判所が認定した前提事実)

ア 1回目の血圧測定

「原告ら及びfは、令和元年5月16日午後11時41分、救急要請を受け、救急車に乗って出動し、翌17日午前0時35分頃、救急搬送後に給油のために立ち寄ったガソリンスタンドにおいて雑談をしていたところ、血圧の測定方法の話になり、原告bの発案により、fの頚部にマンシェットを巻き、自動血圧計(以下、単に『血圧計』という。)を作動させることとなった。」

「原告bは、救急車内に設置されている血圧計の上腕用の幅の狭いマンシェット(甲B2。以下『上腕用マンシェット』という。)をfの頚部に装着し、原告ら又はfのいずれかが血圧計の加圧ボタン(以下『加圧ボタン』という。)を押して血圧計を作動させたものの、上腕用マンシェットの長さが短く、マジックテープの接着部分が少なかったため、すぐに外れてしまい、血圧測定ができなかった(誰が加圧ボタンを押したかについては争いがある。)(以下、上記の血圧測定に係る行為を『1回目の血圧測定』という。)。」

イ 2回目の血圧測定

「上記アの後、原告b又は原告aは、血圧計から上腕用マンシェットを外して、救急車内に収納されていた大腿部用の幅の広いマンシェット(乙19。以下『大腿部用マンシェット』という。)を血圧計に接続した。fは、自ら大腿部用マンシェットを頚部に装着し、原告ら又はfのいずれかが、加圧ボタンを押して血圧計を作動させたものの、fは、自ら大腿部用マンシェットを頚部から取り外した(誰が加圧ボタンを押したかについては争いがある。)(以下、上記の血圧測定に係る行為を『2回目の血圧測定』という。)。」

ウ 3回目の血圧測定

「上記イの後、原告aは、fの頚部に大腿部用マンシェットを強く巻き直し、原告b又は原告aが加圧ボタンを押して血圧計を作動させたところ、fの頚部が絞め付けられ、fの顔色が変化してきた。上記のfの様子を見た原告aは、fの頚部から大腿部用マンシェットを取り外したが,fの顔面や眼球に点状出血が生じた(原告らのいずれが加圧ボタンを押したのかについては争いがある。)(以下、上記の血圧測定に係る行為を『3回目の血圧測定』といい、1回目の血圧測定、2回目の血圧測定及び3回目の血圧測定を併せて、『本件血圧測定』という。)。」

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒免職処分を有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「上記・・・のとおり、原告aの非違行為は、犯罪性の高い暴行に当たるから、本件指針における標準的な処分量定として、免職又は停職が選択されるべきものであったといえる(別紙2『法令等の定め』4参照)。」

「そして、上記行為は、その性質、態様、結果等に照らして相当悪質かつ危険な行為であり、その原因や動機に酌むべき事情はなく、原告aは事後に発覚を免れようとしていたものである。原告aに懲戒処分歴がなく、勤務状況に問題がないこと(弁論の全趣旨)を考慮しても、消防副士長として、市民の生命を守るべき立場にあった原告aの職責にも鑑みれば、原告aの非違行為については、厳しい処分を選択することはやむを得ないというべきである。」

「そうすると、処分量定として懲戒免職を選択した処分行政庁の判断が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものであったとは認められず、本件処分1が違法であるということはできない。」

(中略)

「本件処分2の違法性に係る判断枠組み及び処分量定の判断は、上記・・・において説示したことが原告bにも妥当する。加えて、原告bは、頚部での血圧測定を発案し、これをfに強いるなど、本件血圧測定において主導的な役割を果たしており、e分署への帰署後、fに対して帽子及びマスクを着用し、自動車内に隠れるよう指示するなど、本件血圧測定の隠蔽を図っており、その態様は原告aよりも悪質であるといわざるを得ない。」

「そうすると、処分量定として懲戒免職を選択した処分行政庁の判断が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものであったとは認められず、本件処分2が違法であるということはできない。」

3.パワハラが厳しく処分される時代へ

 国家公務員の懲戒処分の指針は、パワーハラスメントについて、

「パワー・ハラスメント(人事院規則10―16(パワー・ハラスメントの防止等)第2条に規定するパワー・ハラスメントをいう。以下同じ。)を行ったことにより、相手に著しい精神的又は身体的な苦痛を与えた職員 は、停職、減給又は戒告とする。」

「パワー・ハラスメントを行ったことについて指導、注意等を受けたにもかかわらず、パワー・ハラスメントを繰り返した職員は、停職又は減給とする。」

「パワー・ハラスメントを行ったことにより、相手を強度の心的ストレスの重積による精神疾患に罹(り)患させた職員は、免職、停職又は減給とする。」

と規定しています。

https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1202000_H12shokushoku68.html

 つまり、精神疾患に罹患させるなどの結果が発生しない限り基本的に免職になるようなケースはなく、著しい苦痛を与えたり、指導や注意等を受けながら繰り返しパワハラ行為に及んだりした場合でも、せいぜい停職どまりであるとされています。

 地方公共団体は独自の懲戒処分の指針を定めていますが、多くの自治体では国家公務員の場合に適用される人事院の懲戒処分の指針を参考に標準的な処分量定を定めています。

 そのため、一発で(事前に指導や注意等を受けることなく)懲戒免職まで振り切れるというのは、実務家にとって決して自明の結論であったわけではありません。

 本件は分限ではなく懲戒の事案ですが、やはり長門市・長門消防局事件がパワハラを理由とする懲戒処分の処分量定の重罰化の潮目になっている可能性があるように思われます。