弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワハラ行為の防止のための教育指導や研修等が行われなかったことは処分の軽減理由になるのか?

1.公務員の分限処分

 公務の能率の維持や適正な運営の確保という目的から、職員の意に反する不利益な身分上の変動をもたらす処分を、分限処分といいます。分限処分には、降任、免職、休職、降級の4種類があります(国家公務員法78条、79条、人事院規則11-10、地方公務員法28条参照)。

 他の職員にパワーハラスメントを行うことは、公務の能率の維持や適正を阻害します。また、公務員としての適格性を疑わせる行為であるともいえます。そのため、懲戒処分の対象になるだけではなく、分限処分の理由にもなると理解されています。

 それでは、パワーハラスメントを理由とした分限処分を行うにあたり、国・地方公共団体側で被処分者に適切な教育指導や研修を行ってこなかったことは、処分量定を軽減する理由になるのでしょうか?

 確かに、部下にパワーハラスメントを行わないことは、社会常識として当然理解しておかなければならないことではあります。一々教えてもらうようなことではなく、重く処分されても自己責任であるという理解も成り立つように思われます。

 しかし、概念の内容が必ずしも明確とはいえないことから、パワーハラスメントに該当するのかどうかの判断は、困難である場合も少なくありません。適切な対応をとれなかった理由を全て労働者に帰責するのも、それはそれで行き過ぎであるようにも思われます。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、広島高判令3.9.30労働判例ジャーナル119-38 長門市・長門市消防長事件です。

2.長門市・長門市消防長事件

 本件で原告になったのは、長門市の消防吏員の方です。部下への暴行、暴言、卑猥な言動及びその家族への誹謗中傷を繰り返し、職場の人間関係や秩序を乱したとして消防長から分限免職処分を受けました。これに対し、原告の方は、長門市を被告として、分限免職処分の取消を求める訴えを提起しました。

 原審が原告の請求を認容したため、長門市側が控訴したのが本件です。

 裁判所は、長門市側の控訴を棄却し、原審の結論を維持しましたが、判決の理由の中で次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「控訴人の当審における主張は上記のとおりであり、要するに、被控訴人のパワハラ行為が、これまで職場内で行われてきた指導やコミュニケーション、親密さの表れとしての冗談や悪ふざけとは質的に異なり、相手の人格を傷つけるようなものであり、これは、被控訴人の素質、性格、能力に起因するものといえること、こうしたパワハラ行為をしてきたことを被控訴人が反省していないこと、本件処分前に被控訴人の上司が被控訴人にパワハラ行為を止めさせるように指導・教育してこなかったのは、被控訴人がパワハラ行為を被害者と2人きりの密室で行い、かつ、被害者に口止めをしたため、パワハラ行為が上司に露見しなかったからであることなどを考慮すれば、被控訴人には改善可能性がなく、被控訴人のパワハラ行為は悪質で、これを放置すると控訴人の消防組織が崩壊するため、被控訴人に対して行った本件処分は相当である、というものである。」

「この点、被控訴人が、概ね原判決別紙パワハラ行為一覧表の『被告の主張』欄記載のとおりパワハラ行為をしたと認められるのは、原判決を引用して認定したとおりである。これによれば、被控訴人からパワハラ被害を受けたと申告する消防署吏員は29名(事務業務、現場業務を含め総勢70名弱)で件数は80件余に及び・・・、中でも原判決別紙パワハラ行為一覧表番号44の、被控訴人の部下であったFに対し重さ約2.3kgのバーベル用の重りを放り投げて同人にヘディングさせる行為は、かなり危険で悪質といえるし、被控訴人の部下であったK・・・は、適応障害と診断されたところ・・・、短気で何かあればすぐ怒る上司がいると精神科医に申述しており、その上司は被控訴人を指している・・・。しかも、控訴人の消防署全職員から集めたアンケートの結果によれば、被控訴人が復職した場合に、退職を予定する者が2名、退職を考える者が4名、同じ小隊であれば退職を考える者が3名、一緒の小隊に属することを拒否する者が17名、被控訴人が復帰した後の報復を懸念する者が16名に及んでいることからすれば・・・、被控訴人のパワハラ行為は冗談や悪ふざけの域をはるかに超えた悪質なものであり、被控訴人がそのうちの一部の行為について刑事処分を受けていることも併せ考えると、被控訴人の消防吏員としての適格性(能力、資質、性格)には問題があるといわざるを得ないから、被控訴人が相応の重い分限処分を受けるのは避けられないというべきである。」

「しかし、被控訴人は、一応は反省の情を示し・・・、上司からの指導に従っているし・・・、被控訴人のパワハラ行為が露見していたか否かにかかわらず、控訴人においては、パワハラ行為等の防止のために、その職員に対し、研修等を実施すべきことは今日の社会的要請であるのに、被控訴人にパワハラ行為の防止の動機付けをさせるような教育指導や研修等を、控訴人が具体的に行った事実はうかがわれない。さらに、本件処分を行うに当たり被控訴人の改善可能性の有無、程度が十分に考慮されたか疑問なしとしない(乙12ないし14によると、本件処分に先立ち、長門市職員分限懲戒審査会において、被控訴人の反省の程度や配置転換の是非などの審議がされたことは認められるものの、懲戒処分ではなく分限処分という、職員がその職責を十分に果たすことが期待できない場合等に、公務能率の維持・向上の観点から行われる処分・・・をするに当たって、上記の審議が十分に行われたのかは疑問である。)。」

「また、控訴人が提出する甲62のアンケート調査の結果によっても、被控訴人以外の者によるパワハラ行為が行われたのではないかと疑われるものも見受けられるところ、それに対する相応の処分がされたのかも、パワハラ行為の防止に向けた指導、教育が職場内でされたのかも明らかでなく、被控訴人に対して更生の機会を与えることなく、分限処分のうち最も重い分限免職の措置をとることが相当であったのか、被控訴人以外の者によるパワハラ行為と処分の均衡が図れているのかについても疑問なしとしない。」

「以上を考慮すれば、本件処分のように被控訴人を分限免職処分とするのは重きに失するというべきであり、本件処分が違法であるとの当裁判所の判断は左右されない。」

3.かなりの規模のパワハラでも教育指導、研修の欠如が軽減事由として言及された

 本件では、かなりの規模でパワーハラスメントが行われており、教育的指導との境界線上をうっかり踏み越えてしまったという事案ではないように思われます。

 それでも、教育指導、研修の欠如が、分限免職処分を重すぎると判断する根拠として指摘されたことは、注目に値します。この事案で軽減事由になるのであれば、他の多くの事案でも、教育指導、研修の欠如は、処分の軽減事由になる可能性があります。

 本件は、パワーハラスメントを理由とする分限免職、普通解雇事案において、その効力を争うにあたり参考になります。