弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

指導・処分歴のない公務員に対しパワハラを理由として行われた分限免職処分が有効とされた例

1.分限制度

 公務の能率の維持や適正な運営の確保という目的から、職員の意に反する不利益な身分上の変動をもたらす処分を、分限処分といいます。分限処分には、降任、免職、休職、降級の4種類があります(国家公務員法78条、79条、人事院規則11-10、地方公務員法28条参照)。

 分限処分の理由の一つに、職務適格性の欠如があります。

 例えば、国家公務員の場合、「その他その官職に必要な適格性を欠く場合」が分限事由として定められています(国家公務員法78条3号)。

 職務適格性の欠如を理由とする分限処分について、人事院規則11-4第7条4項は、

「法第七十八条第三号の規定により職員を降任させ、又は免職することができる場合は、職員の適格性を判断するに足ると認められる事実に基づき、その官職に必要な適格性を欠くと認められる場合であつて、指導その他の人事院が定める措置を行つたにもかかわらず、適格性を欠くことが明らかなときとする。」

と判示し、事前に指導等の措置をとをとることを要請しています。

 地方公務員の分限制度の運用は国家公務員に準じて行われることが多く、職務不適格を理由とする分限処分、特に免職処分を行うにあたっては、事前の指導・処分等が前置されることが通例となっています。

 しかし、近時公刊された判例集に、事前の指導・処分歴のない方に対するパワハラを理由とする分限免職処分が適法・有効だと判示した裁判例が掲載されていました。最三小判令3.9.13労働判例ジャーナル128-1 長門市・長門消防局事件です。

2.長門市・長門消防局事件

 本件で原告(被控訴人・被上告人)になったのは、長門市の消防吏員の方です。部下への暴行、暴言、卑猥な言動及びその家族への誹謗中傷を繰り返し、職場の人間関係や秩序を乱したとして消防長から分限免職処分を受けました。これに対し、原告の方は、長門市を被告(控訴人・上告人)として、分限免職処分の取消を求める訴えを提起しました。

 一審、控訴審が分限免職処分の取消を認めたこと受け、長門市側が上告したのが本件です。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、一審、控訴審の結論を覆し、分限免職処分を適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「被上告人は、平成20年4月から同29年7月までの間、同月当時の上告人の消防職員約70人のうち、部下等の立場にあった約30人に対し、おおむね第1審判決別紙『パワハラ行為一覧表(時系列)』記載のとおりの約80件の行為(以下『本件各行為』という。)をした。」

「本件各行為の主な内容は、

〔1〕訓練中に蹴ったり叩いたりする、羽交い絞めにして太ももを強く膝で蹴る、顔面を手拳で10回程度殴打する、約2kgの重りを放り投げて頭で受け止めさせるなどの暴行、

〔2〕『殺すぞ』、『お前が辞めたほうが市民のためや」、「クズが遺伝子を残すな」、『殴り殺してやる』などの暴言、

〔3〕トレーニング中に陰部を見せるよう申し向けるなどの卑わいな言動、

〔4〕携帯電話に保存されていたプライバシーに関わる情報を強いて閲覧した上で「お前の弱みを握った」と発言したり、プライバシーに関わる事項を無理に聞き出したりする行為、

〔5〕被上告人を恐れる趣旨の発言等をした者らに対し、土下座を強要したり、被上告人の行為を上司等に報告する者がいた場合を念頭に『そいつの人生を潰してやる』と発言したり、『同じ班になったら覚えちょけよ』などと発言したりする報復の示唆等であり、本件各行為の多くは平成24年以降に行われたものである。」

「上告人が実施した調査によれば、本件各行為の対象となった消防職員らのうち、被上告人が自宅待機から復帰した後の報復を懸念する者が16人、被上告人と同じ小隊に属することを拒否する者が17人に上った。」

(中略)

「地方公務員法28条に基づく分限処分については、任命権者に一定の裁量権が認められるものの、その判断が合理性を持つものとして許容される限度を超えたものである場合には、裁量権の行使を誤った違法のものであることを免れないというべきである。そして、免職の場合には公務員としての地位を失うという重大な結果となることを考えれば、この場合における判断については、特に厳密、慎重であることが要求されるものと解すべきである(最高裁昭和43年(行ツ)第95号同48年9月14日第二小法廷判決・民集27巻8号925頁参照)。」

「本件各行為は、5年を超えて繰り返され、約80件に上るものである。その対象となった消防職員も、約30人と多数であるばかりか、上告人の消防職員全体の人数の半数近くを占める。そして、その内容は、現に刑事罰を科されたものを含む暴行、暴言、極めて卑わいな言動、プライバシーを侵害した上に相手を不安に陥れる言動等、多岐にわたる。」

「こうした長期間にわたる悪質で社会常識を欠く一連の行為に表れた被上告人の粗野な性格につき、公務員である消防職員として要求される一般的な適格性を欠くとみることが不合理であるとはいえない。また、本件各行為の頻度等も考慮すると、上記性格を簡単に矯正することはできず、指導の機会を設けるなどしても改善の余地がないとみることにも不合理な点は見当たらない。

「さらに、本件各行為により上告人の消防組織の職場環境が悪化するといった影響は、公務の能率の維持の観点から看過し難いものであり、特に消防組織においては、職員間で緊密な意思疎通を図ることが、消防職員や住民の生命や身体の安全を確保するために重要であることにも鑑みれば、上記のような影響を重視することも合理的であるといえる。そして、本件各行為の中には、被上告人の行為を上司等に報告する者への報復を示唆する発言等も含まれており、現に報復を懸念する消防職員が相当数に上ること等からしても、被上告人を消防組織内に配置しつつ、その組織としての適正な運営を確保することは困難であるといえる。」

「以上の事情を総合考慮すると、免職の場合には特に厳密、慎重な判断が要求されることを考慮しても、被上告人に対し分限免職処分をした消防長の判断が合理性を持つものとして許容される限度を超えたものであるとはいえず、本件処分が裁量権の行使を誤った違法なものであるということはできない。そして、このことは、上告人の消防組織において上司が部下に対して厳しく接する傾向等があったとしても何ら変わるものではない。」

「以上によれば、本件処分が違法であるとした原審の判断には、分限処分に係る任命権者の裁量権に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。」

3.ハラスメントに対する厳しい見方の表れか?

 一審、控訴審の判断を最高裁が取り消すには、極めて異例なことです。

 今回、最高裁が異例なことに踏み切ってまで、一審、控訴審とは異なる判断を行ったのは、ハラスメントに対する厳しい姿勢の表れではないかと思います。

 ハラスメントに対する裁判所の見方は、年々、厳しくなっているように思われます。

 事前に注意、指導、処分を受けていなかったとしても、免職処分の効力が認められる可能性があることには注意が必要です。