弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学から懲戒処分を受けたこと、学生運動歴は、公務員の正式採用の拒否事由になるか?

1.条件付採用

 公務員の採用は、最初は条件付のものになります。例えば、地方公務員法22条1項第1文は、

「職員の採用は、全て条件付のものとし、当該職員がその職において六月を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式採用になるものとする。」

と規定しています。

 これは民間の試用期間に相当する仕組みです。6か月間勤務して「職務を良好な成績で遂行した」と認められない場合、該当の職員は分限免職等の措置をとられることになります。

2.就職の足枷としての学生運動

 学生運動は古くから就職活動の足枷になってきました。憲法判例として有名な三菱樹脂本採用拒否上告事件・最大判昭48.12.12労働判例189-16も、面接時に学生運動歴を秘匿したことが発端となっています。

 それでは、公務員の場合、学生運動をやった事実や、学生運動を理由に大学から懲戒処分を受けた事実を秘匿した場合、それは条件付採用された公務員の本採用を拒否する理由になるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで、近時公刊された判例集に、参考になる裁判例が掲載されていました。京都地判令2.3.24労働判例ジャーナル108-38 京都府事件です。

2.京都府事件

 本件は、条件付採用された公務員に対し、学生運動をして無期停学中であることを秘していたことなどを理由にした分限免職処分の可否が問題になった事件です。

 この問題に対し、裁判所は、次のとおり述べて、分限事由(分限免職処分)の存在を否定しました。結論としても、原告の請求を認容し、分限免職処分を取り消しています。

(裁判所の判断)

「本件訓告の理由となった原告の所為、すなわち、原告が、B大学から本件無期停学処分を受けていることを秘匿し続けたほか、条件付採用期間中に更に本件放学処分を受けたことをも秘匿し続け、人事課からの指導に対して誠実に対応しなかったことについては、責任感、協調性といった面で勤務成績や公務員としての適性に関係し得るところであるから・・・、本件人事院規則10条2号及び4号に準じた分限事由の存否との関係では、なお検討を要する。」

「ここで、地方公共団体が、職員の採用に当たり、適当な者を選択するために、当該職員となろうとする者に対して必要な事項の開示を期待し、秘匿等の所為のあった者について、信頼に値しない者であるとの人物評価を加えることは当然であるが、右の秘匿等の所為がかような人物評価に及ぼす影響の程度は、秘匿等にかかる事実の内容、秘匿等の程度およびその動機、理由のいかんによって区々であり、それがその者の公務員としての勤務成績の不良や適性の欠如を裏付けるものとして分限事由となり得るかについても、一概にこれを論ずることはできない。また、秘匿等に係る事実の如何によっては、秘匿等の有無にかかわらずそれ自体で上記適性を否定するに足りる場合もあり得る。そこで、原告による本件無期停学処分及び本件放学処分の秘匿やこれらの各処分の理由となった学生運動参加の事実等について、それらが分限事由となり得るものか否かを判断するに当たっては、秘匿の動機、理由に関する事実関係や、秘匿等に係る学生運動参加の内容、態様及び程度といったものを個別的に検討する必要がある。」

「そこで、本件について上記の観点から検討するに、まず、本件無期停学処分及び本件放学処分の秘匿等の動機、理由として、原告は、本件放学処分とされたことには納得しておらず、人事課に対して自分に不利益になるようなものは敢えて言うべきではないと思ったなどの様々な理由によるものであった旨供述するところ、条件付採用期間中の職員にある者がいわゆる学生運動関与とそれに関わる大学からの懲戒処分といった事実が正式採用に向けて不利に作用するものと憶測するのは自然の情であるものといえ、上記秘匿をもって勤務成績や公務員としての適性を殊更に否定する事情とまではならないというべきである。次に、秘匿等に係る本件無期停学処分及び本件放学処分の理由となった学生運動の内容等をみるに、その運動内容はバリケード封鎖に関与したというもので必ずしも穏当な行動とはいえず、当時、中央執行副委員長の立場にあった原告には上記運動への一定程度の関与があったものと推認されるところではあるが、上記学生運動は飽くまで、本件条件付採用の1年半以上も前の平成27年10月に原告がB大学との関係で行ったものであり、被告とは無関係のものである。そして、被告での勤務を開始した平成29年4月以降に、原告がB大学全学自治会同学会の学生運動に関与したことはなく、また、本件全証拠を検討しても、原告が、条件付採用期間中の京都府A課での勤務において、勤務成績や適性の面で問題視されるような行動をとったことをうかがわせる証拠も存在しない。これらの事実関係に加え、原告の秘匿行為が被告の公務に関わるものでないことや、被告においても原告を懲戒処分とせずに矯正措置としての訓告をするにとどめたことをも併せて考慮すれば、原告が本件無期停学処分及び本件放学処分を秘匿し誠実な対応を取らなかったことは、責任感、協調性といった面での勤務成績や公務員としての適性の判断として殊更に重視して低く評価すべき要因たり得ないのであるから、原告を今後引き続き任用しておくことが適当でないと評価するまでには至らないものである。」

「したがって、本件訓告の理由となった原告の所為をもって、本件人事院規則10条2号及び4号に準じた分限事由が存在すると認めるのは相当ではない」

4.学生運動歴等の秘匿は責められない?

 冒頭で述べたとり、学生運動等と就職活動との相性は、あまり良くありません。以前に比べて下火になってきましたが、学生運動に参加したことを秘匿して企業や自治体に採用された方は、一定数いると思われます。そうした方が、過去を蒸し返された際、本裁判例は有効な盾となる可能性があります。