弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

非違行為の直後に行われた嘘の言い訳はどのように評価されるのか

1.咄嗟の嘘

 非違行為を犯した時、それを糊塗するため、咄嗟に嘘をついてしまう労働者は少なくありません。こうした苦し紛れの言い訳は稚拙なものが多く、大抵の場合、すぐに嘘であることが露見します。

 嘘は倫理的に不適切とされていることもあり、人の目を引き付けがちです。そのため、嘘をついたことが分かると、「反省がない」などとして処分の加重要素とされることがあります。

 しかし、非違行為が摘発されたその瞬間から洗いざらい真実を語っていなければ反省の気持ちがないというのは、あまりに現実と遊離していると言わざるを得ません。また、発覚や摘発の直後に苦し紛れに嘘をついてしまうことは、人の普通の反応です。そのような事情に処分量定に大きく影響するほどの意義を与えることは、適切であるとも思われません。

 それでは、懲戒処分の効力を争点とする裁判実務において、非違行為の直後に吐かれた嘘は、どのように評価されているのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。仙台高判令4.5.26労働判例ジャーナル128-14 宮城県・県教委事件です。

2.宮城県・県教委事件

 本件で原告になったのは、宮城県公立学校教員に任命され、高校教諭として勤務してきた方です。勤務先で行われた歓迎会に参加して飲酒した後、帰宅のため自家用車を運転し、交差点で物損事故を起こしました。

 原告の方は酒気帯び運転で逮捕されたうえ、県教育委員会から、

懲戒免職処分、

退職手当1724万6467円の全部不支給を内容とする退職手当支給制限処分、

を受けました。

 これに対し、原告は、処分が重すぎるとして、懲戒免職処分、退職手当支給制限処分の取消を求めて県を提訴しました。

 原審は、懲戒免職処分の効力を維持する一方、退職手当支給制限処分は取り消しました。これに対し、原告・被告の双方が控訴したのが本件です。

 この事件の原告は、事故の後、間違った体を装って、運転代行会社に連絡し、通話履歴を作りました。運転代行業者に連絡をとったものの、やむを得ず飲酒運転をしてしまったという形をとることにより、情状の軽減を試みたものでした。

 このような嘘は当然すぐに発覚することになりましたが、裁判所は、原告が吐いた嘘を、次のとおり評価しました。

(裁判所の判断)

「原告は、事故後に携帯電話で殊更に間違い電話をかけて通話履歴を残し、事故前に運転代行業者に電話をかけたが間違い電話をして、やむを得ず飲酒運転をしてしまったという嘘の言い訳を考え、警察や学校関係者に対し、事故前に運転代行業者に電話をかけようとしたという虚偽の申告をして、飲酒運転の動機において情状を軽く見せかけようとしている・・・。しかし、そのような嘘は、事故発生と通話履歴の時刻から警察や学校関係者には明白な嘘にすぎなかった。

「むしろ、原告は、飲酒の事実は、事故現場で警察官から質問されて直ちに認め、平成29年5月3日付けで顛末書・・・を校長に提出し、同月13日には辞表・・・も提出し、反省の情を示している。酒気帯び運転については罰金35万円の処罰を受け・・・、物損事故の賠償もすぐに済ませている・・・。」

このような非違後の言動においては、飲酒運転の動機についての嘘の言い訳は、些細な嘘であってそれほど重視するには足りず、全体として真摯な反省の態度があると認めるべきである。

3.懲戒免職処分野効力は維持された事案ではあるが・・・

 本件では懲戒免職処分の効力は維持されています。上記の判示も、懲戒処分の効力を検討する中で行われたものです。

 しかし、非違行為の直後に吐かれた嘘の言い訳に対する裁判所の見方を知る上で、上記判示は大いに参考になります。

 個人的な経験に照らしても、計画性がなく、後に改悛の事情を十分に示すことができる事案では、咄嗟に吐いた嘘が決定的な重要要素になることは稀であるようにも思われます。