弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の飲酒運転-一部不支給も厳しい時代の到来か?

1.飲酒運転を理由とする懲戒処分

 人事院は、平成12年3月31日職職-68『懲戒処分の指針について』(最終改正:令和2年4月1日 職審-131)で、飲酒運転の処分量定について、

「酒酔い運転をした職員は、免職又は停職とする。この場合において人を死亡させ、又は人に傷害を負わせた職員は、免職とする。」

「酒気帯び運転をした職員は、免職、停職又は減給とする。この場合において人を死亡させ、又は人に傷害を負わせた職員は、免職又は停職(事故後の救護を怠る等の措置義務違反をした職員は、免職)とする。」

と規定しています。

 標準的な処分量定で既に免職が対象に含まれており、飲酒運転をして懲戒免職処分を受ける国家公務員は少なくありません。

2.懲戒免職処分と退職手当支給制限処分

 それでは、懲戒免職処分を受けた場合、退職手当は、どうなるのでしょうか?

 国家公務員退職手当法12条1項は、

退職をした者が次の各号のいずれかに該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職をした者(当該退職をした者が死亡したときは、当該退職に係る一般の退職手当等の額の支払を受ける権利を承継した者)に対し、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度、当該非違が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響その他の政令で定める事情を勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。

一 懲戒免職等処分を受けて退職をした者

・・・」

と規定しています。

 文言だけを見ると、懲戒免職処分を受けた国家公務員に対しても、退職手当等が一部支給される余地が広く残されているように思われます。

 しかし、懲戒免職処分を受けた国家公務員に対して退職手当等が支払われることは、実際にはあまりありません。昭和60年4月30日 総人第 261号 国家公務員退職手当法の運用方針 最終改正 令和4年8月3日閣人人第501号により、

「非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とするものとする」

と定められているからです。

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/genkou_2.pdf

 かくして、飲酒運転を理由に懲戒免職処分を受けた国家公務員は、原則として退職手当の支給を受けられなくなります。

 上記は国家公務員についてのルールですが、飲酒運転の処分量定にしても、懲戒免職処分と退職手当の紐づけにしても、多くの地方公共団体は地方公務員に対し同様のルールを採用しています。

3.飲酒運転を理由とする懲戒免職処分/退職手当支給制限処分が争われる事件

 飲酒運転の処分量定は、平成20年代に発生した悲惨な事件を契機として、顕著に厳しくなりました。処分量定が引き上げられた当初は、処分が他の同種事案に比して重過ぎるとして懲戒免職処分を無効とする裁判例も相当数あったのですが、近時の裁判例は、懲戒免職処分を有効とするものが殆どであり、時折、退職手当支給制限処分(全部不支給)が一部取り消される事案が公刊物に掲載される状況でした(第二東京弁護士会労働問題検討委員会編『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕701頁以下参照)。

 こうした状況の中、飲酒運転で懲戒免職処分を受けた地方公務員との関係で退職手当の全部不支給を行き過ぎであるとした高裁判例を取消したうえ、全部不支給を是認した最高裁判例が出現しました。最三小判令5.6.27労働判例ジャーナル137-1 宮城県・県教育委員会(退職手当)事件です。

4.宮城県・県教育委員会(退職手当)事件

 本件で原告(被上告人)になったのは、宮城県の公立学校の教員であった方です。酒気帯び運転を理由として懲戒免職処分、退職手当支給制限処分(全部不支給)を受けた後、各処分の取消を求めて出訴した事件です。

 原審高裁は懲戒免職処分は有効だとしましたが、退職手当支給制限処分は一般の退職手当等(1724万6467円)の3割に相当する額を支給しないとした部分は違法無効であるとして、これを取消しました。

 この高裁の判断に宮城県側が上告したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、高裁の判断を取消し、退職手当の全額を不支給とする退職手当支給制限処分を有効だと判示し、被上告人の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「本件条例の規定により支給される一般の退職手当等は、勤続報償的な性格を中心としつつ、給与の後払的な性格や生活保障的な性格も有するものと解される。そして、本件規定は、個々の事案ごとに、退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職手当支給制限処分をすることができる旨を規定したものと解される。このような退職手当支給制限処分に係る判断については、平素から職員の職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、適切な結果を期待することができない。」

「そうすると、本件規定は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を、退職手当管理機関の裁量に委ねているものと解すべきである。したがって、裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである。」

「そして、本件規定は、退職手当支給制限処分に係る判断に当たり勘案すべき事情を列挙するのみであり、そのうち公務に対する信頼に及ぼす影響の程度等、公務員に固有の事情を他の事情に比して重視すべきでないとする趣旨を含むものとは解されない。また、本件規定の内容に加え、本件規定と趣旨を同じくするものと解される国家公務員退職手当法(令和元年法律第37号による改正前のもの)12条1項1号等の規定の内容及びその立法経緯を踏まえても、本件規定からは、一般の退職手当等の全部を支給しないこととする場合を含め、退職手当支給制限処分をする場合を例外的なものに限定する趣旨を読み取ることはできない。」

「以上を踏まえて、本件全部支給制限処分の適否について検討すると、前記事実関係等によれば、被上告人は、自家用車で酒席に赴き、長時間にわたって相当量の飲酒をした直後に、同自家用車を運転して帰宅しようとしたものである。現に、被上告人が、運転開始から間もなく、過失により走行中の車両と衝突するという本件事故を起こしていることからも、本件非違行為の態様は重大な危険を伴う悪質なものであるといわざるを得ない。

しかも、被上告人は、公立学校の教諭の立場にありながら、酒気帯び運転という犯罪行為に及んだものであり、その生徒への影響も相応に大きかったものと考えられる。現に、本件高校は、本件非違行為の後、生徒やその保護者への説明のため、集会を開くなどの対応も余儀なくされたものである。このように、本件非違行為は、公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであったといえる。さらに、県教委が、本件非違行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出するなどし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点からも軽視し難い。

以上によれば、本件全部支給制限処分に係る県教委の判断は、被上告人が管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間にわたって誠実に勤務してきており、反省の情を示していること等を勘案しても、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない。

5.一部不支給も厳しい時代の到来か?

 最高裁判例の射程の理解に関しては議論の余地がありますが、これまで以上に判断を公務員側に厳しくするする方向に作用することは確かだと思います。

 元々、責任が厳格化する傾向にあったことを踏まえると、今後は退職手当の支給制限処分を一部不支給に留めることさえ、更に困難になることが予想されます。

 本件の退職手当の額を見ても分かるとおり、飲酒運転は全く割に合いません。言うまでもないことですが、飲酒運転は厳に慎むことが賢明です。