弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の飲酒運転-懲戒免職処分は適法でも退職手当の全部不支給処分は違法とされた例(物損事故のケース)

1.飲酒運転に対する処分の厳格化とその反動

 飲酒運転による凄惨な事故が相次いだ影響で、国も自治体も、公務員による飲酒運転に対しては、かなり厳しい姿勢をとっています。

 自治体によっては、人身事故などの具体的被害が生じていなくても、酒気を帯びて運転をすれば、それだけで懲戒免職処分・退職手当全部不支給処分をしているところもあります。

 しかし、他の非違行為との関係で飲酒運転だけが突出して重く処分されるというアンバランスな状況が目立つようになり、その反動からか、行き過ぎではないかということで、裁判所が処分の見直しを迫る例が一定数出されるようになっています。近時の公刊物に掲載されていた、大阪地判令3.10.14労働判例ジャーナル119-34 大津市事件も、そうした事件の一つです。

2.大津市事件

 本件は、飲酒運転をして物損事故を起こしたことを理由に懲戒免職処分、退職金手当支給制限処分(退職手当1620万4488円の不支給)を受けた大津市の職員であった方が原告となって、各処分の取消を求めて市を提訴した事件です。

 裁判所は、懲戒免職処分の効力は維持しましたが、次のとおり述べて、退職金支給制限処分を取り消しました。

(裁判所の判断)

「本件退職手当条例は、退職手当管理機関に対し、退職手当の全部又は一部の支給をしない処分をする場合の考慮要素として、関係法令等の定め・・・摘示のような諸事情を考慮するよう定めている。もとより、退職手当管理機関には、これらの考慮要素につき、どの要素をどの程度重視して処分をするかについての合理的な裁量があるのであるが、同条例が、これらの考慮要素を明記していることに加え、現行の同条例が、懲戒免職等処分を受けて退職をする職員に対する退職手当の支給を検討する際は、当該職員にとって生活保障的な面や、賃金の後払い的な面を有していることを考慮して、非違行為の重大性と退職手当の不支給という制裁との間で均衡のとれたものとすべく、非違の程度等に応じて、退職手当の一部を支給することができるようにしていることからすれば(被告もこの解釈について争っていない)、退職手当の不支給を決する上では、同条例が挙げる考慮要素が適切に考慮されている必要があると解される。」

「以上を前提に、本件不支給処分について被告がした判断をみると、被告は、非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないことを原則としている本件退職手当運用方針の規定・・・を参考にしつつ、本件退職条例11条1項の検討をしたとして、前提事実・・・摘示のような検討をした旨明らかにしている。しかし、本件不支給処分に記載された理由や、本件訴訟における被告の主張を前提にしても、通常、処分を決する上でもっとも重視されてしかるべきといえる『当該退職をした者が行った非違(本件非違行為)の内容及び程度』について、被告が、物損しか生じておらず、その損害の程度が比較的軽微で、重い結果を生じさせた事案であるとまで直ちにいえない本件非違行為をどのように評価し、処分上考慮したのかは明らかでない。すなわち、本件不支給処分に当たって、原告がした本件非違行為が前記・・・のように危険なものであったとしても、酒気帯び運転一般に通じる危険性だけでなく、本件非違行為が、停職や減給もあり得る酒気帯び運転の事案の類型の中でどのように位置づけられ、評価されるべきものであるかについての検討と評価がされた様子が窺われない。また、本件訴訟における被告の主張によれば、被告は、本件不支給処分をする上で、原告が第1事故後直ちにその申告(通報)をせず、臨場した警察官に虚偽の申告をしたという事情を重視したとうかがわれるのであるが、これらの事情を本件退職条例が挙げる『当該非違後における当該退職をした者の言動』として考慮するのであれば、本件退職手当運用方針が定めるように、被害弁償がされている事情の考慮も合わせてされるべきであるし、原告がした虚偽の申告とされる発言の内容が判然としないこと・・・や、そもそも上記の虚偽申告が、本件不支給処分に係る通知書上、本件退職条例11条1項の判断において勘案した事情として記載自体されてないといった事情もある。そして、本件不支給処分に記載された理由や、本件訴訟における被告の主張を前提にしても、本件非違行為をした原告が管理職(課長職)であったことと、本件非違行為が道路交通法65条に反する違法行為であることが考慮されたことは明らかであるものの、これらの事情以外に、本件非違行為が、『公務の信用を損ない、職員全体の名誉を傷つける行為』であると判断しなければならない具体的事情があることは特段示されていないし、原告が、刑事処分を科されなかったことは、前提事実・・・のとおりである。」

「以上によれば、本件不支給処分については、本件退職手当条例が定める考慮要素のうち、通常もっとも重視されるであろう『当該退職をした者が行った非違(本件非違行為)の内容及び程度』について、物損しか生じておらず、その損害の程度が比較的軽微で、重い結果を生じさせた事案であるとまで直ちにいえない本件非違行為の内容及び程度が適切に考慮されたと認められず、『当該非違後における当該退職をした者の言動』について、被害弁償の事情を考慮しない一方で、内容が判然とせず、処分理由にも掲げていない虚偽の申告に関する事情を重視するという衡平に反するともいえる判断がされ、管理職(課長職)である原告が酒気帯び運転をしたという事実以外に、『当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響』があったと判断しなければならない具体的事情を特に示すことなく、これがあったという前提の処分がされていることが指摘できる。これらの点について、さらに必要にして十分な検討が尽くされていれば、本件退職手当運用方針を前提に、本件退職手当条例を適用した場合に、原告に対する退職手当の一部不支給処分をなす余地があると否定できないことからすれば、本件不支給処分は、本件退職手当条例の考慮要素の適切な考慮がされないままされたものとして、被告の判断には、裁量権の逸脱ないし濫用があったと認めるのが相当である。

3.取消し対象の無事故ケースから物損事故ケースへの拡大

 以前、このブログで、

公務員の飲酒運転-懲戒免職処分は適法でも退職手当の全部不支給処分は違法とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 ここでご紹介させて頂いた、長崎地判平31.4.16労働判例ジャーナル91-52 長崎県・長崎県教委事件も、飲酒運転した公務員への懲戒免職処分を有効であるとしつつ、退職手当全部不支給処分を違法だとして取り消しました。

 長崎県・長崎県教委事件では、人身事故のみならず、物損事故さえ起こしていないケースでした。これに対し、本件は人身事故こそ起こしていないものの、物損事故は発生していたケースでした。事故を起こしているにもかかわらず救済されていることを考えると、本件は、長崎県・長崎県教委事件よりも退職手当が支払われるべき範囲が広いことを示す裁判例として位置付けられます。

 もちろん飲酒運転は許されないのですが、退職手当の全部不支給処分が酷であるように思われる事件は少なくありません。悪いことをしたら、どのような制裁でも甘受しなければならないというわけもはありません。釈然としない思いをお抱えの方は、一度、弁護士に相談してみることをお勧めします。