1.競業行為と秘密の利用
競業行為には、しばしば営業秘密の利用が伴います。前職で知った営業秘密を活用して、競合する事業を始めるといったようにです。水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕916頁にも、「競業行為は、営業秘密漏洩、従業員引き抜き、顧客奪取等とあわせて行われることも少なくない」との記述がみられます。
そのため、会社が退職後の従業員の職業活動に干渉してくる場合、秘密保持と競業避止をセットで約束するように求められるのが通例です。
このように秘密保持契約と競業避止契約は密接な関連性を有するのですが、退職時に秘密保持契約だけが締結されていた場合、その効力はどのように理解されるのでしょうか?
秘密保持契約は、その秘密を活用して競業してはならないということまで、当然に含意しているのでしょうか?
それとも、
秘密保持契約は飽くまでも秘密保持契約であり、競業避止契約が締結されていなければ、競業自体は自由ということになるのでしょうか?
昨日ご紹介した東京地判令4.11.25労働判例ジャーナル136-44 Yデザイン事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。
2.Yデザイン事件
本件で原告になったのは、広告宣伝の企画・制作等を目的とする株式会社です。
被告になったのは、
原告と雇用契約を締結した後、定年後再雇用契約を締結し、その後、被告を退職した方2名(被告B、被告C いずれも令和元年9月20日退職)と、
被告Bが代表取締役を務める新聞、雑誌、広告の企画及び制作等を目的とする株式会社(被告会社)
です。
在職中及び退職後に被告らが競業行為を行い、原告の顧客との取引を奪取したなどと主張し、原告が被告に損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。
本件では幾つかの論点が扱われていますが、その中の一つに、機密保持に係る誓約書に退職後の競業を禁止する合意が含まれるのかという問題がありました。被告Bは昭和56年4月に、被告Cは昭和57年5月に原告と雇用契約を交わしましたが、被告両名は平成元年に、
〔1〕原告に勤務するに当たり、原告で知り得た会社及び業務上の機密事項その他会社に不利益となる全ての事項に関し、その関係書類を持ち出したり、第三者に漏洩する行為はしないこと、
〔2〕その行為により、会社に対して損害を与えた場合には、その一切の責任を負い、発生した損害の全額を保証人と連帯して私財をもって賠償することを誓約すること、
〔3〕退社した場合においても同様であること
等が記載された誓約書(本件誓約書)を提出していました。
これを根拠に本件の原告は、
「被告両名が原告に対して差し出した本件誓約書によれば、原告と被告両名との間で退職後の競業に禁止する合意をしたといえる」
と主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を否定しました。
(裁判所の判断)
「原告は、本件誓約書に基づき、原告と被告両名との間で退職後の競業を禁止する合意をした旨主張するが、前記前提事実・・・のとおり、被告両名が、原告に対して提出した本件誓約書は、
〔1〕原告に勤務するに当たり、会社で知り得た会社及び業務上の機密事項その他会社に不利益となる全ての事項に関し、その関係書類を持ち出したり、第三者に漏洩する行為はしないこと、
〔2〕その行為により、会社に対して損害を与えた場合には、その一切の責任を負い、発生した損害の全額を保証人と連帯して私財をもって賠償すること、
〔3〕退社した場合においても同様であること
を誓約するというものであるところ、その内容からすると、本件就業規則57条の守秘義務に係る取り決めと解するのが自然であり(同条2項は誓約書の提出を予定している。)、在職中の競業行為を禁止する本件就業規則18条14号(会社の許可なく他の会社の社員に就任し、又は従業員として雇用契約を結び、あるいはアルバイト業務を行わないこと。)の文言とも全く異なるのであるから、退職後の競業を禁止する合意と解することはできない。」
「したがって、原告と被告両名との間で、退職後の競業を禁止する合意をしたとはいえない。」
3.秘密保持契約は当然には競業禁止に関する合意を内包しない
以上のとおり、裁判所は、機密保持に係る誓約書に競業禁止の合意は含まれないと判示しました。
セットで扱われることの多い合意ですが、飽くまでも両者は別だということです。
退職後の競業に関する紛争は多く、裁判所の判断は実務上参考になります。