弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

フリーランスの競業禁止契約(競業避止契約)の効力をどう考えるのか(退職後の従業員との競業禁止契約を効力を素材として)

1.労働者の競業禁止契約とフリーランスの競業禁止契約

 使用者と労働者との間で交わされる競業禁止契約(同業他社に転職したり、同業を自ら営まないとする契約)は、そう簡単には有効になりません。「多くの裁判例は、①退職時の労働者の地位・役職、②禁止される競業行為の内容、③競業禁止の期間の長さ・場所的範囲の大小、④競業禁止に対する代償措置の有無・内容等を考慮し、合理的な範囲でのみ競業禁止の効力を認めている・・・。なお、最近の裁判例は、制限の期間、範囲を必要最小限にとどめることや、一定の代償措置を求めるなど、厳しい態度をとる傾向にある」と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕595頁参照)。

 それでは、フリーランスが仕事の発注者との間で交わす競業禁止契約の効力は、どのように理解されるのでしょうか?

 公正取引委員会競争政策研究センター『人材と競争政策に関する検討会 報告書 』(平成30年2月15日)は、

「優越的地位にある発注者(使用者)が課す秘密保持義務又は競業避止義務が不当に不利益を与えるものである場合には、独占禁止法上問題となり得る。」

と記述しています。

https://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index_files/180215jinzai01.pdf

 しかし、私の知る限り、この論点を明示的に判断した公表裁判例は見当たりません。おそらく、裁判例の集積は殆ど進んでいないのではないかと思います。

 こうした状況の中、フリーランスの競業禁止契約の効力を争うにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.5.13労働判例1278-20 REI元従業員事件です。

2.REI元従業員事件

 本件で原告になったのは、主にシステムエンジニアを企業に派遣・紹介する株式会社です。

 被告になったのは、原告の元従業員の方です。令和2年9月30日までの間、A株式会社(A社)を就業場所としてシステムエンジニアとして働いていました。令和2年9月30日に原告を退社しましたが、翌日である令和2年10月1日からは株式会社Bとの間で業務委託契約を結び、A社やその子会社・関連会社での勤務を開始しました。

 本件の特徴は、その後、原告と被告との間で競業禁止契約が結ばれていることです。

 令和2年10月9日、被告は、次のとおり書かれた「秘密保持契約書」と題する書面(本件合意書)に署名、押印しました。

「第4条(競業避止義務の確認)私は、前各条項を遵守するため、退職後1年間にわたり次の行為を行わないことを約束いたします。

(1)貴社との取引に関係ある事業者に就職すること

(2)貴社のお客先に関係ある事業者に就職すること

(3)貴社と取引及び競合関係にある事業者に就職すること

(4)貴社と取引及び競合関係にある事業を自ら開業または設立すること。」

 この事件は本件合意書で競業の禁止が合意されていること等を根拠として、原告が、被告に対し、損害賠償を請求した事件です。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、競業禁止契約の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「確かに、前提事実・・・のとおり、被告は、原告を退社した後、令和2年10月1日以降、Bと業務委託契約を締結し、Aに通い、A、その子会社もしくは関連会社であり、原告と取引関係のある事業者において勤務していたものと認めることができる。しかし、上記のとおり、被告は、すでに原告を退職した後、かつBと業務委託契約を締結した後に、本件合意書に署名押印したものであって、使用者と被用者という関係にはなく、その立場上の差によって、自由な意思決定が困難であったとする事情はない。

(中略)

従業員の退職後の競業避止義務を定める特約は、従業員の再就職を妨げてその生計の手段を制限し、その生活を困難にする恐れがあるとともに、職業選択の自由に制約を課すものであることに鑑みると、これによって守られるべき使用者の利益、これによって生じる従業員の不利益の内容及び程度並びに代償措置の有無及びその内容等を総合考慮し、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には、公序良俗に反して無効であると解するのが相当である。

「そこで、本件合意書についてみると、証拠・・・によると、本件合意書は、第1条から第3条まで、秘密保持に関する定めを置き、原告在職中に知り得た経営上、営業上又は技術上の情報について漏洩・使用等を行わない旨を定めているものと認めることができ、第4条から第6条までは、『前各条項を遵守するため』、『前各条項に違反して』との文言を用いていたことからすれば、当該秘密保持に係る条項を遵守するために、競業避止義務を定めたものと合理的に解することができる。」

「しかしながら、前提事実・・・のとおり、原告は、主にシステムエンジニアを企業に派遣・紹介する株式会社であって、証拠(原告代表者)及び弁論の全趣旨によると、その具体的な作業については各派遣先・常駐先・紹介先会社の指示に従うものとされていたと認めることができる。このような原告におけるシステムエンジニアの従事する業務内容に照らせば、原告がシステム開発、システム運営その他に関する独自のノウハウを有するものとはいえないし、被告がそのようなノウハウの提供を受けたと認めるに足りる証拠もないのであって、原告において本件合意書が退職後の競業避止義務を定める目的・利益は明らかとはいえない。」

「この点、証拠・・・によると、Cは、Aに対し、令和2年10月15日付け『貴社殿お取引先の株式会社D殿に関するお願い』と題する書面を送付し、被告の転職について縷々述べていたものと認めることができるが、原告の秘密漏示のおそれ等について言及していたところはない(なお、原告において、専ら派遣先企業の企業情報等に係る秘密について保持すべきであり、したがって従業員が同様に秘密保持義務を負う必要があることは否定し難いものの、当該従業員が当該秘密に係る秘密保持義務を負担する限り、当該情報が漏えいする危険性が高いとはいえず、原告との取引関係にある事業者又は原告と競合関係にある事業者への転職あるいは原告と取引関係にある事業の開業等を制限することが不可欠であるとはいい難い。)。」

「また、証拠(原告代表者)によると、Cは、被告がAにおいて勤務すると、第1次下請であるD及び第2次下請であるEの得るべき利益が減少し、又は原告が被告を介して利潤を得ていると疑われる不利益があると供述する。証拠・・・によると、原告は、Aからシステム構築等を受託したD、Dから受託したEに次ぐ第3次下請けであり、被告は、原告の従業員として主に商社の社内用販売管理システムの構築に従事していたのに対し、Bは、Aから受託したDから、さらに受託した第2次下請けであって、主に電子部品メーカーの社内用販売管理システムの構築について受託していたものと認めることができる。このように、DはBの元請であり、Bが被告と業務委託契約を締結することによりDの利益・利潤を害する恐れはないし、Eについても同様であって、少なくとも上記Cの供述は、客観的合理的根拠に乏しいものといわざるを得ない。」

「次に、前提事実・・・のとおり、本件合意書は、『(1)貴社との取引に関係ある事業者に就職すること』、『(2)貴社のお客先に関係ある事業者に就職すること』、『(3)貴社と取引及び競合関係にある事業者に就職すること』及び『(4)貴社と取引及び競合関係にある事業を自ら開業または設立すること』を禁ずるものと認めることができるところ、いずれも文言上、転職先の業種・職種の限定はないし、地域・範囲の定めもなく、『取引に関係ある』、『競合関係にある』又は『お客先に関係ある』事業者とされ、原告の取引先のみならず、原告の客先の取引先と関係がある事業者までも含まれており、禁止する転職先等の範囲も極めて広範にわたるものといわざるを得ない。」「前提事実・・・のとおり、被告は、令和元年11月から令和2年9月30日まで、システムエンジニアとして従事していたものと認めることができるのであり、このような被告の職務経歴に照らすと、上記の範囲をもって転職等を禁止することは、被告の再就職を著しく妨げるものというべきである。」

「さらに、証拠・・・によると、被告は、原告に勤務していた期間中、基本給及び交通費の支給を受けていたものと認めることができるにとどまり、手当、退職金その他退職後の競業禁止に対する代償措置は講じられておらず、本件合意書においても、被告の負うべき損害賠償義務(第6条)を定めるにすぎず、その代償措置については何らの規定もないのである。」

「以上のように、原告の本件合意書により達しようとする目的は明らかではないことに比して、被告が禁じられる転職等の範囲は広範であり、その代償措置も講じられていないことからすると、競業禁止義務の期間が1年間にとどまることを考慮しても、本件合意書に基づく合意は、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合に当たるものとして公序良俗に反し、無効であるといわざるを得ない。

3.自由な意思決定が困難ではなくなっていても、競業禁止契約の効力が否定された

 裁判所は、

「本件合意書に署名押印したものであって、使用者と被用者という関係にはなく、その立場上の差によって、自由な意思決定が困難であったとする事情はない」

としながらも、競業禁止契約の効力には一定の制限が課せられるとし、実際に競業禁止契約の効力を否定しました。

 本件は退職後の従業員との関係での裁判例ですが、

「使用者と被用者という関係にはなく、その立場上の差によって、自由な意思決定が困難であったとする事情はない」

という点では、退職後の従業員もフリーランスも変わりません。そう考えると、この裁判例の射程は、発注者とフリーランスとの間で交わされた競業禁止契約に及んでもおかしくないように思われます。

 この裁判例は、フリーランス保護に活用できる裁判例としても、注目されます。