弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

人事権行使と懲戒処分との区別-使用者の主観的意図が基準となるとされた例

1.人事権行使と懲戒

 労働者の不利益となる措置が行われた場合に、それが人事権行使によるものなのか、それとも、懲戒処分なのかが問題になることがあります。人事権行使が比較的柔軟に許容されるのに対し、懲戒処分は客観的合理的理由・社会通念上の相当性がなければ認められないなどの厳格な法規制に服するからです(労働契約法15条参照)。労働者側としては懲戒処分に引き付けて考えた方が、その効力を否定しやすいため、懲戒処分であることを論証する場面の方が多いのではないかと思います。

 人事権行使と懲戒処分の区別に関する議論は、やや複雑です。

 例えば、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕488-489頁には、

「人事権の行使としての降格と懲戒処分としての降格をどのように区別するかについては、当事者がどちらの措置として行ったかによるとする主観説と両者の客観的な性質に即して両者を区別する客観説の2つの考え方がありうる。裁判例は、必ずしも明確にその理論的な立場を示しているわけではないが、主観説に近い立場をとったものと客観説に近い判断をしたものとに分かれている。」

(中略)

「もっとも、労働者のある言動・・・が、企業秩序を侵害する行為であると同時に、労働者の職務上の適格性を低下させる行為でもあるという2つの側面を持つことがあり、このような言動を理由としてなされた降格措置は、客観的にみて、懲戒処分としての性格と人事権の行使としての性格という2つの性格をもちうることになる。このような複合的な事案においては、使用者がいずれの手段・・・に則って措置を講じているかによって、適用する法規制が決定される」

と整理されています。

 このような議論状況のもと、人事権の行使としての異動命令と懲戒処分との区別について、使用者の主観的目的や選択を重視した裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.6.23労働経済判例速報2503-3 スルガ銀行事件です。

2.スルガ銀行事件

 本件で被告になったのは、静岡県、神奈川県の他、東京都などの首都圏を中心に、預金の預入れ、資金の貸付けなどを行っている地方銀行です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結していた方です。営業本んぶパーソナル・バンク長を務めていたところ、平成30年4月1日付けで経営企画部詰審議役への異動を命じられ、これに伴い賃金が激減しました(平成30年3月分の給与が182万5168円であったのに対し、平成30年4月以降は月額50万円)。その後、平成30年11月27日に懲戒解雇されたことを受け(本件懲戒解雇)、本件異動命令、本件懲戒解雇がいずれも無効であるとして、地位確認や未払賃金請求訴訟を提起しました。

 この事件では、本件異動命令が人事権の行使であるのか懲戒処分であるのかが問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、その法的性質を人事権の行使であると判示しました。

(裁判所の判断)

人事権の行使としての異動命令と、企業秩序の違反に対する懲戒権の行使である懲戒処分とは、本質的に異なるものであるところ、前記認定事実・・・のとおり、被告は、本件異動命令をした際には、これを人事異動として社内掲示板に掲載し、本件懲戒解雇時と異なり、原告に対する弁明の機会の付与や懲戒処分通知書の交付といった手続を行っていないこと、『経営企画部詰審議役』への異動は、別紙記載1の組織規程25条、別紙記載4の本件協定5条に基づき、被告が人事権の行使として決定し得る範囲のものであることを考慮すると、本件異動命令は人事権の行使として行われたものと認めるのが相当である。

「これに対し、原告は、ある措置の性質が人事権の行使と懲戒処分のいずれであるかは、使用者の主観的な意図にかかわらず、企業秩序違反行為に対する制裁罰という性格を有するものであるか否かを客観的に判断すべきであるとし、本件異動命令は、人事権行使の業務上の必要性がないこと、原告に対する制裁目的があること、人事権行使の結果として許容し得る程度を著しく超える不利益を負わせるものであることから、懲戒権の行使としての降格処分に該当する旨を主張する。」

「しかしながら、人事権の行使と懲戒処分とは、その根拠も有効要件も異なるものであり、使用者はその相違を踏まえた上で人事権の行使又は懲戒処分として当該措置を執っていることを考慮すると、当該措置が人事権の行使と懲戒処分のいずれであるかを使用者の主観的意図と無関係に判断することが相当とはいえない。

「そして、本件異動命令が行われた当時は、スマートライフの支払停止が発生し、スマートライフ(又はその関連会社であるイノベーターズ)から家賃の支払を受けられない債務者(顧客)が被告に対する返済に窮し、シェアハウスローンが回収困難となるおそれが顕在化したことから、危機管理委員会による事実関係の調査が開始され、いずれ金融庁の検査が行われることも予想される事態となっていたことを考慮すると、被告が、上記調査や検査に適切に対応するために、シェアハウスローンに関与してきた営業部門のトップの地位にあった原告をそのままその地位に置いておくことはできないと判断したことが合理性を欠くとはいえず、本件異動命令について業務上の必要性がないとはいえない。」

「仮に、被告が本件異動命令を行うに当たり、原告に対する制裁目的があったとすれば、被告が懲戒処分を意図したことを基礎づける事情にはなり得る。しかし、原告が、q4会長から『シェアハウスの一連の問題があったので降りてもらう。』と告げられたとする点は、原告本人の陳述書・・・によっても、執行役員の辞任についての発言である上、前記認定事実・・・によれば、被告においては、この頃、危機管理委員会を設置して事実関係の調査を開始したばかりであったのであるから、原告に『一連の問題』の責任を取らせるには時期尚早であるともいえ、q4会長の上記発言をもって本件異動命令に制裁目的があったと認めることはできない。また、q8人事部長が金融庁からのヒアリングへの対応のため原告に対して退職願の撤回を求めた事実・・・は、本件異動命令の制裁目的を推認させるものではない。」

「確かに、本件異動命令に伴い、原告の給与は大幅に減額されているが、これは、執行役員を辞任した原告が、その時点で55歳を超えていたことから、先任社員となり(別紙記載4の本件協定3条)、先任社員の職務区分及び職位に応じた給与額が決定されたこと(別紙記載4の本件協定6条)によるものであることが認められ・・・、懲戒処分によるものではない。」

「以上によれば、原告の上記主張は採用することができない。」

3.主観基準でいいのか?

 人事権行使と懲戒処分の区別が使用者側の主観によって決まるとすると、厳格な手続を履践せずに行った方が、人事権行使として措置の有効性が認められやすくなるという逆転現象が生じることになります。

 それでいいのかという疑問はありますが、東京高裁がそう判断したことには留意しておく必要があります。