弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

違法な譴責処分を理由とする損害賠償請求が認容された例

1.違法な譴責処分・戒告処分を理由とする損害賠償(慰謝料)請求のハードル

 違法な譴責処分・戒告処分を理由とする損害賠償(慰謝料)請求には、三つのハードルがありあす。

 一つ目は、故意・過失です。

 客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない懲戒処分は、その権利を濫用したものとして効力を否定されます(労働契約法15条)。しかし、損害賠償請求が認められるためには、単に違法・無効な懲戒処分がされたことを立証するだけでは足りず、違法・無効な懲戒処分が行われたことが故意・過失に基づいているまで立証する必要があります(民法709条参照)。

 二つ目は、損害の発生です。

 譴責処分・戒告処分といった懲戒処分は、多くの場合、具体的な不利益と紐づいているわけではありません。そのため、違法・無効な懲戒処分が故意・過失に基づいていることまで立証できたとしても、そもそも損害が発生しているのかという問題が生じます。

 三つ目は、損害の回復です。

 これは、違法・無効な懲戒処分が行われたとしても、判決の理由中など、どこかしらの部分で懲戒処分が違法・無効であると宣言されてしまえば、違法・無効な懲戒処分を受けたことにより生じた精神的苦痛は、自動的に慰謝されてしまうのではないかという問題です。

 上述の理論的なハードルがあることのほか、見込まれる慰謝料額との兼ね合いから訴訟事件化する事件数自体が少ないこともあって、違法な譴責処分や戒告処分を理由とする損害賠償(慰謝料)請求を認容した公表裁判例は、決して多くはありません。

 こうした状況の中、近時公刊された判例集に、違法な譴責処分を理由とする損害賠償(慰謝料)請求が認容された裁判例が掲載されました。東京地判令3.9.7労働経済判例速報2464-31 テトラ・コミュニケーションズ事件です。

2.テトラ・コミュニケーションズ事件

 本件で被告になったのは、情報通信技術に関するコンサルティング業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結していた方です。特徴的なのは、過去に被告に対して労働審判を申立ていたことです。

 労働審判の後も被告のもとで稼働していたところ、被告の従業員Pから、企業年金の確定拠出年金への移行に係る必要書類の提出を求められた際、

「この件で、私が不利益を被ることがありましたら、訴訟しますことをお伝えします。」

とのメッセージ(本件メッセージ)を送りました。

 これが懲戒事由に該当するとして、被告は原告に対して譴責処分を行い、始末書の提出を命じました。これが懲戒権の濫用で不法行為を構成するとして、原告が慰謝料等の支払いを求めて被告を提訴したのが本件です。

 この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、被告の損害賠償責任を認めました。

(裁判所の判断)

「懲戒処分に当たっては、就業規則等に手続的な規定がなくとも格別の支障がない限り当該労働者に弁明の機会を与えるべきであり、重要な手続違反があるなど手続的相当性を欠く懲戒処分は、社会通念上相当なものといえず、懲戒権を濫用したものとして無効になるものと解するのが相当である」

「これを本件についてみるに、本件けん責処分は、原告に弁明の機会を付与することなくなされたものである。原告がAに対して本件メッセージを送信したこと自体は動かし難い事実であるし、証拠・・・によれば、原告が度々抗議に際して訴訟提起の可能性に言及するなどして被告、その代表者および従業員に対する敵対的な態度を示していたことが認められ、これが抗議の方法として相当といえるか疑問の余地もある。しかしながら、それが脅迫に当たるか、DC移行に係る必要書類の提出を拒むなどした原告の態度が、懲戒処分を相当とする程度に業務に非協力的で協調性を欠くものといえるかについては、経緯や背景を含め、本件メッセージの送信についての原告の言い分を聴いた上で判断すべきものといえる。そうすると、原告に弁明の機会を付与しなかったことは些細な手続的瑕疵にとどまるものともいい難いから、本件けん責処分は手続的相当性を欠くものというべきである。」

「したがって、本件けん責処分は、懲戒権を濫用したものとして無効と認められる。」

懲戒処分は、労働者に経済的な不利益を与え、その名誉・信用を害して精神的苦痛を与え得る措置であるため、これが懲戒権の濫用と評価されるときは、使用者の不法行為(民法709条)が成立し得るが、必ずしも懲戒権の濫用が不法行為の成立に直結するわけではないから、使用者の故意・過失、労働者の不利益や損害の有無等を検討する必要があるところ、被告には原告に弁明の機会を付与せずに本件けん責処分をしたことについて、少なくとも過失が認められる。

「原告は、本件けん責処分によって多大な精神的苦痛を被ったとし、損害として慰謝料100万円及び弁護士費用50万円を主張する。」

けん責処分は、それ自体で労働者に実質的不利益を課すものではないものの、昇級・一時金・昇格などの考課査定上不利に考慮されることがあり得ること、始末書を提出することについては心理的な負担感も伴うことからすると、違法なけん責処分によって精神的苦痛を被ることは否定し難い。

「もっとも、前記前提事実のとおり、本件けん責処分は、被告代表者からメールで告知されたものであり、これが被告の他の従業員等の知れるところとなったなどの事情もうかがわれない。また、前記のとおり、原告が度々訴訟提起の可能性に言及するなどして被告に対する敵対的な態度を示していたことが認められ、本件けん責処分及びその原因となった本件メッセージの送信もその延長という側面が少なからずある。そうすると、原告が本件けん責処分によって多大な精神的苦痛を被ったとまではいい難い。」

その他本件に顕われた一切の事情を考慮すると、原告が本件けん責処分によって被った精神的苦痛を慰謝するに足りる相当な額は、10万円と認めるのが相当である。

また、原告が本件訴訟の追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件けん責処分と因果関係のある弁護士費用は1万円と認めるのが相当である。

3.弁明の機会が設けられなかった事案では過失が認定されやすい?

 損害の発生が認められたうえ、損害の自動的な回復といった議論が採用されなかったこともさることながら、本件で特徴的なのは、故意・過失の認定ではないかと思います。裁判所は、懲戒権の濫用が不法行為の成否直結す問題であることを否定しながらも、弁明の手続が欠けていたことを理由に、比較的あっさりと過失を肯定する判断を導いています。この背景には、弁明を聞くなど適切な情報収集と検討を経た上で結論を誤るのは仕方のない面があるにしても、弁明の機会を設けないまま懲戒権を行使するのであれば、判断を誤ったとしてもその責めは使用者で負うのが筋ではないかといった価値判断があるようにも思われます。

 譴責処分・戒告処分は、軽微な処分であるからか、労働者から弁明すら徴求することなく、安易に濫発されていると思われる例が少なからず見受けられます。経済的に割に合うケースばかりでないことは確かですが、一方的に処分されて釈然としない思いをお抱えの方は、法的措置を検討してみても良いかも知れません。