弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

人事権の行使としての降格と懲戒処分としての降格はどのように区別されるのか

1.人事権の行使としての降格/懲戒処分としての降格

 降格とは、

「役職(職位)または職能資格・資格等級を低下させること」

をいい、

人事権の行使としてのものと、

懲戒処分としてのもの

とがあると理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕485頁参照)。

 人事権の行使としての降格と、懲戒処分としての降格とは、法的性質が異なっており、その有効要件も全く異なります。一般論として言うと、人事権の行使としての降格の方が、使用者の裁量が尊重され、有効になりやすく、懲戒処分としての降格の方が、厳格な司法審査に服し、無効になりやすい傾向にあります。

 そのため、事前手続がラフで、人事権の行使として行われたのか、懲戒処分として行われたのかが不明確である場合、労使間でしばしば「降格」の法的性質をめぐって論争が繰り広げられます。

 それでは、ある「降格」が、人事権の行使として行われたのか、懲戒処分として行われたのかは、どのように区別されるのでしょうか?

 一昨日、昨日とご紹介させて頂いている東京地判令3.12.23労働判例ジャーナル124-60 SRA事件は、この判断基準を示した裁判例でもあります。

2.SRA事件

 本件で被告になったのは、電子計算機のソフトウェアシステムの設計・開発等の受託などを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、金融第二事業部の副事業部長として勤務していた方です。労災事案を発生させたこと、三六協定違反行為を発生させたこと、時間外労働に対する賃金の未払を生じさせたことなどが問題となって、ビジネスイノベーション推進本部(BI推進本部)の主幹に配置する旨の発令を受けました(本件発令)。そして、これに伴い、副事業部長の主幹9級からBI推進本部の役職なし主幹9級へと降格されることになりました。

 このような経過のもと、原告の方は、本件発令・降格が無効であるとして、差額賃金等を求める訴えを提起しました。

 本件では降格処分の効力の有無を考えるにあたり、降格処分が人事権の行使として行われたのか、それとも、懲戒処分として行われたのかが争いになりました。

 この論点について、原告は、

「降格とは職位を引き下げるものであるところ、本件発令は、組織統括職掌である副事業部長から、技術職掌の主幹に降格するものであり、配置転換ではなく、就業規則に定める懲戒処分としての降格がなされたものである。就業規則では、第5章に人事権行使としての配置転換、転勤などを定めるが、降格の定めはなく、懲戒としての降格しか就業規則に定めがないことからも、懲戒であることは明らかである。人事権行使の理由は、本件処分の理由と実質的に同じであるところ、懲戒を行いながら、一方は人事権の行使で、他方は懲戒とするのは論理矛盾である。平成29年3月29日の内部調査委員会の議事録では、原告を降格するとの発言があったこと・・・、平成29年度の原告の役割年俸は、原告に対する懲戒処分の結果が不明であったことから副事業部長としての金額が適用され、本件処分後の平成30年度の役割年俸から技術職掌としての金額が適用されたことからも、本件発令が懲戒処分であったことは明らかである。」

と述べ、降格は懲戒処分として行われたと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を採用せず、本件発令・降格は人事権の行使として行われたものだと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件発令は、原告を金融第二事業部の副事業部長の主幹9級から、BI推進本部の役職無しの主幹9級に配置するものであるから、配置転換と共に副事業部長を解く降格を行うものであり、いずれも人事権の行使(業務命令)としてされたものと認められる。」

懲戒処分は、使用者による企業秩序違反行為に対する制裁罰であることが明確なものをいうところ、本件発令は、前記・・・のとおり、原告に対し、配置転換と降格を命じる旨を伝達するものにすぎず、客観的にみて、制裁罰を与える趣旨を何ら含まないものであるから、懲戒処分と認めることはできない。」

3.制裁罰であることが明確なもの以外は全て人事権行使になるのか?

 上述のとおり、裁判所は制裁罰であることが明確なものであるのかどうかを人事権行使としての降格と懲戒処分としての降格の分水嶺としました。

 問題行為があって、それに対処するために不利益性を伴う降格がなされていて、それが制裁ではないという立論には違和感を覚えます。人事権行使の名のもとにこうした措置をとるのは、懲戒権の濫用が厳格に規制されていること(労働契約法15条)の潜脱ではないかとも思えます。

 とはいえ、人事権行使としての降格なのか、懲戒処分としての降格なのかが不明確な場合の判断方法として、上述したような基準を用いた東京地裁労働部の裁判例があることは、今後、留意しておく必要があるように思われます。