弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

役職又は職位の引き下げに伴い、労働契約上の定め(就業規則等の定め)なく賃金を減額することはできないとされた例

1.役職又は職位の引き下げ

 一般論としていうと、役職又は職位を引き下げることは「就業規則等の具体的な根拠規定がなくとも、人事権の行使として」することが可能です。

 ただし、「役職・職位を引き下げる降格が有効とされる場合であっても、それに伴う賃金の引き下げは、就業規則(賃金規程等)において定められた賃金の体系と基準に従って行うことが必要である」と理解されています(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕200-201頁参照)。賃金の減額ができることを定める就業規則等の定めがなければ、賃金を減額することはできません。

 近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例にも、そのことは明確に判示されています。横浜地判令4.4.14労働判例1299-38 パチンコ店経営会社A事件です。

2.パチンコ店経営会社A事件

 本件で被告になったのは、遊技場の経営等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、死亡した代表取締役Bの親族(Bの弟の双子の兄弟)です(原告①、原告②)。被告で勤務していたところ、減給処分を受け、その後、解雇されました。これを受けて、減給処分や解雇の無効を主張し、地位確認や未払賃金を請求する訴えを提起したのが本件です。

 減給処分との関係でいうと、パチンコ代の遊戯釘の調整を警察に告発して被告の経営を阻害したことなどを理由に、本件の原告らは部長職から降格され、それに伴って減給処分を受けました。減額幅は、原告①が基本給月額71万1140円⇒40万円で、原告②が基本給月額72万0000円⇒40万円でした。

 裁判所は、公益通報を理由としている点も問題視しましたが、次のとおり述べて、賃金減額が有効となる余地はないと判示しました。

(裁判所の判断)

「使用者の人事権に基づく役職又は職位の引下げは、就業規則上の明文の根拠規定がなくても行うことができ、これが人事権の濫用に当たる場合に無効となるものであるが、役職又は職位の引下げに伴って賃金を減額するためには、労働契約上かかる定めがあることが必要になると解される。しかしながら、被告においては、部長職から解任されたことを理由として賃金を減額できることを定める就業規則等の定めは証拠上見当たらないのであるから、本件各減給処分が有効となる余地はないといわざるを得ない。」

3.労働契約上の明確な根拠なく減額されていないか?

 賃金減額に関する相談を受けていると、降格に伴って明確な根拠なく賃金の減額がされている例を一定の頻度で目にします。「降格されたのだから賃金が下がるのは仕方ないのではないか」と思われるかも知れませんが、そういうものでもありません。確かに、整備された就業規則のもとで賃金が減額されるのは仕方ない場合もありますが、使用者側の感覚や恣意に基づいて適当に減額されることには決して受け入れなければならないわけではありません。

 賃金減額の効力に疑義をお持ちの方は、一度、弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でも、相談はお受けしています。