弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

年俸決定権の濫用-賃金の評価、査定に理由の説明を求めることができるのか?

1.賃金額の理由が知りたい

 労働契約は労務を提供して賃金を得ることを内容とする契約です。賃金は労働契約の本質的な要素であり、労働者の大きな関心事です。

 賃金額について、査定により増減する仕組みをとっている会社は少なくありません。しかし、どのように評価、査定されたのかは、労働者側から良く分からないことが多く、しばしば紛争を引き起こしています。

 それでは、次年度の賃金額の査定を受けた労働者は、その理由の説明を求めることができないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令3.11.9 東京高判令4.6.29 労働判例1291-5 インテリムほか事件です。

2.インテリムほか事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、医薬品等の臨床開発業務に関する受託(CRO業務等)を事業として行う株式会社と(被告会社・被控訴人会社)、その代表取締役P2、取締役P3の1法人2名です。

 原告(控訴人)になったのは、被告との間で期限の定めのない労働契約を締結した方です。医薬推進部で就労を開始し、後に監査室に配転されるまでの間は、主に営業業務に従事していた方です。

 原告が提起した問題点は多岐に渡りますが、その中の一つに、

賃金(年俸)減額の適否

がありました。

 これは、

「年俸額は能力、実績、貢献度等を総合的に勘案し、社長決裁で決定する」

「年俸給与適用者の給与改定は原則として毎年5月(臨時改定として11月)に行う。」

という就業規則の規定に基づいて行われた賃金(年俸)の減額措置の効力が争われたものです(本件賃金減額〔1〕)。

 裁判所は、次のとおり述べて、賃金減額の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「しかしながら、上記説示のとおり、被控訴人会社における年俸の決定において、相応の客観性・合理性のある手続を履践する仕組みがとられていることから、被控訴人会社に年俸決定権限を付与した本件賃金規程の定めが当然に無効であるとまでは認められないとしても、個々の労働者の年俸の決定における当該手続の具体的運用が、合理性・透明性を欠き、公正性・客観性に乏しい判断の下で行われていると認められるときは、被控訴人会社は、その年俸決定権限を濫用したものというべく、そのような判断の下に行われた年俸の決定は、違法、無効であるというべきである。これを控訴人の15期の年俸の改定についてみると、被控訴人会社においては、前記認定事実のとおり、本件賃金減額〔1〕がされた15期の年俸の改定の際には、被告会社は、そもそも期初に業績評価の基準とされるべき原告の受注目標を設定しておらず、また、査定面談においては、原告があらかじめ提出していた資料に記載していた14期の個人業績に関し、一方的に原告の業績とは認められないと告げる一方、その理由や根拠については具体的に説明せずさらに、原告が令和元年5月10日にP7部長から本件賃金減額〔1〕及び本件降格を告げられた際、年俸の減額は受け入れられないと明確に異議を述べたにもかかわらず、その後に原告から意見を聴取することも、本件減額〔1〕等の理由について具体的に説明することもしなかった。

「以上のとおり、被告会社は、本件賃金減額〔1〕の際に、期初における受注目標の設定という業績査定の客観性を担保するための措置をとらず、査定面談では原告が申告した業績について合理的な根拠に基づいて評価、査定したことを窺わせる説明を全くせず、さらに、原告から被告会社による次年度の年俸額決定について異議を述べられたにもかかわらず、これに一切取り合わなかったものであるから、被告会社は、合理性・透明性に欠ける手続で、公正性・客観性に乏しい判断の下で、年俸額決定権限を濫用して原告の15期の年俸を決定したものといわざるを得ない。したがって、本件賃金減額〔1〕は、被告会社がその与えられた年俸額決定権限を濫用して行ったものと認められるから、違法、無効である。」

「この点、被告は、合理的で公正な評価制度の下、原告の業績等を評価し、その結果、原告が13期、14期と報・連・相などの社内調整能力を発揮せず、目標達成率も最低ランクであって、業績が極めて悪かったという評価になったことから、原告の職務等級をL職位・2等級に降格し、賃金については減額幅が過酷とならないような配慮をして職務給を月額4万円だけ減額したものであるから、本件賃金減額〔1〕が権利の濫用に当たらないことは明らかである旨を主張し、被告P2も、その本人尋問において、これに沿う供述をする。しかしながら、被告らは、原告の受注目標を設定した資料も、期中において原告の営業成績や勤務態度を評価し、これらに基づき注意・指導していたことを示す資料も提出していない。被告P2は、その本人尋問において、従業員の業績を評価するための目標管理シートがあると思う旨の供述をしているが、そのような資料の提出もしていない。また、被告ら提出の証拠を検討しても、被告会社が査定面談やその他の機会において、原告に対し、被告会社による原告の業績等の評価の根拠について説明した形跡は窺われず、被告P2が、その本人尋問において、原告の14期の業績を評価した際の基準や手続について質問された際も、これらについて具体的に説明することはできなかった。

「以上のとおり、被告会社が本件賃金減額〔1〕をするに当たって、合理的で公正な評価や手続を履践したことを認めるに足りる証拠はなく、これらの事実があったことを前提とする被告らの主張は採用できない。」

※ 赤字=高裁による加筆箇所

3.説明できないことが否定的に評価されている

 以上のとおり、裁判所は、年俸決定手続の具体的運用は、合理的かつ透明性のあるものである必要があり、公正性や客観性に乏しい判断の下に行われた年俸額の決定は、年俸決定権限の濫用になると判示しました。

 そして、年俸決定権を濫用したと判断するにあたっては、説明がなかったこと、説明できないことを、消極要素として繰り返し指摘しました。

 この裁判所の判断は、賃金の評価、査定に納得が行かない労働者が使用者に説明を求めて行くにあたり活用できる可能性があり、参考になります。