弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「即レスしないならガラケーで十分だ」貸与したスマートフォンを取り上げたことが違法だとされた例

1.会社の物品の貸与

 会社が従業員に対してどのような備品を貸与するのかは、基本的に会社が自由に判断すべき事柄です。そのため、貸与した備品の返却を求めることが問題視されることは普通ありません。

 しかし、近時公刊された判例集に、従業員に貸与したスマートフォンを取り上げたことが違法だと判示された裁判例が掲載されていました。東京地判令3.11.9 東京高判令4.6.29 労働判例1291-5 インテリムほか事件です。以前にも触れたことのある裁判例ですが、判決文に目を通していて改めて気付いた論点について、ご紹介させて頂きます。

2.インテリムほか事件

 本件で被告になったのは、医薬品等の臨床開発業務に関する受託(CRO業務等)を事業として行う株式会社と(被告会社)、その代表取締役P2、取締役P3の1法人2名です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない労働契約を締結した方です。医薬推進部で就労を開始し、後に監査室に配転されるまでの間は、主に営業業務に従事していた方です。

 原告が提起した問題点は多岐に渡りますが、その中の一つに、

営業職であった自分から合理的理由なく社用スマートフォンを取り上げたことは、不法行為を構成するのではないのか?

という論点がありました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、被告の措置を違法だと判示し、30万円の慰謝料の発生を認めました。なお、下記の判示は、その後の控訴審でも維持されています。

(裁判所の判断)

「原告は、被告P2が被告会社に命じて原告から社用スマートフォンを回収させ、代わりに社内アカウントを使用したメールの送受信機能を欠く携帯電話を貸与させた(本件回収)のは違法であり、不法行為を構成すると主張するところ、使用者が労働者に対しその業務遂行のためにどのような道具を貸与するかは、労働契約において特別の定めをしていない限り、本来、使用者が当該業務の性質や経営状況等に照らして判断することができるものである。

もっとも、権利の濫用は許されず(民法1条3項)、使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たって、それを濫用することがあってはならない(労働契約法3条5項)のであるから、一旦業務上の必要性があると判断して貸与したものを、後に合理的な目的や必要性もなく取上げることは違法になる場合があるというべきである。

「これを本件について検討するに、被告P2は、原告が平成29年10月24日午後5時頃に受診したメールに対して翌日午前8時18分時点で返信をしていなかったことを理由に、原告に業務上の連絡のために貸与していたスマートフォンを回収したものである。」

「被告らは、報・連・相を行わない原告に無駄な経費をかけてスマートフォンを支給する必要性はないから、より経費がかからない携帯電話を支給することにしたものであり、合理的な目的、必要性があったと主張し、被告P2もその本人尋問において同様の供述をしている。」

「しかしながら、被告P2は、本件回収を告げるメールで、『なんで、貴殿達は私のメールに対してシカトなんだ?感覚がずれすぎて神経を疑う。』『私を舐めてるのか?社長や上司からメール来たら即レスが当たり前だが、そんな非礼、非常識でまかり通るだけの営業や成果を上げて来たのか?経費が無駄なんでガラケーに変えさせてもらう。』と、感情的な言葉を用いて、社長である被告P2からのメールに対して即時に返信をしないことは非礼、非常識であると強い言葉で非難している。また、被告P2は、原告から何ら弁解も聞かずに、上記メールのわずか4分後に、被告会社の従業員に対し原告から社用スマートフォンを回収して携帯電話を支給することを指示し、原告の上司であるP4部長から原告らの返信メールが直ちにされなかった事情について説明するメールが送られてきても、これに取り合わず、同メールに対する返信として『即レスしないならガラケーで十分だ』『結果が出ないのは、即レス即反応という基本を疎かにしているからだ。インテリムを舐めているからだ。猛省して頂きたい。』と記載したメールを送り、その日のうちに原告から社用スマートフォンを取り上げている。このような本件回収に至るまでの経緯や上記各メールの記載内容・表現に加え、被告会社が原告にスマートフォンの代わりに貸与した携帯電話は、社外で社用アカウントを用いたメールを送受信する機能を欠いており、被告P2が問題として指摘した『即レス』ないし速やかな報・連・相をするのにかえって不便なものであること、本件回収当時、被告会社が社員に貸与するスマートフォンを携帯電話に変えなければならないほどの経費節減の必要性があったことを窺わせる証拠はないことに照らすと、本件回収は、被告P2が社長である自分のメールに即時に返信のメールを返さなかったことに立腹して行ったものであり、合理的な目的や必要性なく、感情的な理由から権限を濫用して行ったものであり、違法であると認められる。被告らの主張や被告P2の供述は、上記説示したことに照らして、不合理であって採用できない。」

「原告は、本件回収後、それまでは貸与されていたスマートフォンを用いて簡易・迅速に行うことができていた社外でのメールの確認を、被告会社からノートパソコンとWi-Fiを借り受けなければすることができなくなった。また、ノートパソコンやWi-Fiを用いたメールの送受信は、スマートフォンに比べて操作性・利便性に劣るほか、貸出手続の関係で利用可能な時間帯等の制約もあることから、社内で早急にメールを確認するために早出をしたり、顧客等に対し事情を話してメールの返信等が遅れることがあることの了解をとったりするなど、本件回収前には必要のなかった負担を被った。」

「以上によれば、原告は、被告P2の感情的な理由によってされた本件回収によって、上記のような負担を強いられ、これによって精神的苦痛を被ったと認められる。もっとも、その一方で、本件回収によって明らかな業務上の支障は生じておらず、これら本件に顕れた諸事情を総合考慮すると、上記精神的苦痛に対する慰謝料としては30万円が相当であると認められる。また、これと相当因果関係のある弁護士費用の額は3万円と認めるのが相当である。」

3.あまりに不合理な貸与品の取上げは違法

 上述のとおり、裁判所は、被告P2による貸与品の取上げを違法だと判示しました。

 合理性もなく従業員から貸与品を取り上げることは、会社自身のパフォーマンスを低下させることに繋がります。そのため、このような措置が問題になる事案は稀ではないかとお考えになる方がいるかも知れません。

 しかし、実際に労働事件に関する相談を受けていると、自分で自分の首を絞めることになったとしても不適切な行動に及ぶ会社は、結構な頻度で目にします。貸与品に係るハラスメント事件に取り組むにあたり、裁判所の判断は参考になります。