弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

上司に変なあだ名をつけたメールを同僚に対して送信したことは、どの程度の懲戒処分に値するのか?

1.同僚間での上司の揶揄

 職場の同僚と上司の悪口で盛り上がったことがある人は、決して少なくないのではないかと思います。

 こうした愚痴の言い合いは、時や場所が選ばれるのが通例です。そのため、本人に発覚するケースは、それほど多くはありません。

 しかし、何等かの拍子で、悪口を言っていたことが、会社に発覚することがあります。こうした場合、どの程度の処分まで覚悟しておく必要があるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.7.16労働判例ジャーナル107-36 学校法人目白学園事件です。

2.学校法人目白学園事件

 本件で被告になったのは、目白大学、目白大学短期大学部等を設置する学校法人です。

 原告P1は、大学事務局学事部社会貢献グループマネージャーであった方です。被告のメールシステムを用いて、同僚に対し、理事長らに変なあだ名をつけたメールを送っていました。

 具体的には、次のような用語が使われていたと認定されています。

P4理事長「アバレマクル・バカダディ・○○○○」「シディアス卿」

P5常務理事「かわうそ▽▽▽▽▽▽」

P3理事「ホルモン△△」

P6元専務理事「ヨーダ」

P7事務局長「功労者◇◇」

P8総務課所属理事秘書「ヒ素という女」「ガハハ・セアブラーノ・ゴリエッティ」

 こうした侮蔑的なメールを送ったとのことを理由に、被告学校法人は、原告P1に対し、出勤停止5日間の懲戒処分を行いました(本件処分1)。これに対し、原告P1は本件処分1の無効確認等を求める訴えを提起しました。

 原告P1は懲戒事由への該当性や、処分の相当性を争いましたが、裁判所は、次のとおり述べて、出勤停止5日の懲戒処分に問題はないと判示しました。

(裁判所の判断)

-懲戒事由該当性-

「原告P1が送信した本件各メールの内容をみると、監督官庁である文科省出身の被告の理事らをテロリスト組織に、原告P1自身らをこれに対抗する反乱同盟軍になぞらえて、理事長のP4に『アバレマクル・バカダディ・○○○○』、『シディアス卿』、常務理事のP5に『かわうそ▽▽▽▽▽▽』、理事のP3に『ホルモン△△』等の名称自体に侮蔑的色彩を含むあだ名を付けて呼び、『アバレマクル・バカダディ・○○○○は国籍不明であるが、中国語表記では「暴走痴呆 馬鹿老人 ○○」と書かれている。』、『アバレマクル・バカダディ・○○○○』(中略)『かわうそ▽▽▽▽▽▽』(中略)『この中に、まともな人間はいますか』などと、被告の理事ら個人について侮辱的表現を繰り返すなどしたものであり、他の部分も被告の経営について建設的な意見を述べたものではなく、同理事らを一方的に批判し、揶揄する内容であるから、本件各メールの送信は、原告P1の業務に関してされたものとみることはできない。そして、原告P1は、被告に勤務する間に被告から貸与されたパソコンと被告のメールシステムを用いて、口頭注意を受けた平成26年7月29日より前の同月6日に送信された本件メール1を除くとしても、本件メール2ないし12については、先に判示したのと同種内容のメールを1名ないし18名の被告内部の者に約1か月という短期間に11回にわたり送信したものである。以上に判示したメールの内容、表現に加え、送信した相手の人数、頻度、期間等の事情を総合すれば、原告P1による上記メールの送信は、被告の教職員として、担当の業務に専念し、能率発揮に努めるべき義務(就業規則33条)を怠って被告の規範に違反し(就業規則29条4号)、これを被告のメールシステム等を用いて行った点で、許可なく職務以外の目的で被告の施設、物品等を使用した(同条6号)という各懲戒事由に該当すると認められる。

-処分の相当性-

「使用者が労働者に対して懲戒処分をするに当たっては、使用者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の動機、態様、結果、影響等のほか、上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の労働者に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有していると解すべきであり、使用者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に限り、無効と判断すべきものである。」

「これを本件についてみるに、前判示のとおり、原告P1は、理事らに対し、侮蔑的なあだ名を付けて一方的に批判、揶揄する内容のメールを、被告内部の1名から18名に対し、約1か月の短期間に11回にわたり送信したものであり、その内容、回数等のほか、送信を受けた他の被告の職員について業務とは無関係の内容の上記各メールを作成、閲読させるなどして被告の業務に与えた影響も考慮すると、上記就業規則等に定める義務違反の程度を軽視することはできない。そして、原告P1が以前に同様の行為を行ったことにより口頭厳重注意を受けたことがあるにもかかわらず、再度、被告の理事等を批判、揶揄する内容の本件メール2ないし12を送信したことからすると、原告P1の上記義務違反の責任は軽いものとはいい難い。

以上に判示した諸事情を総合考慮すると、被告が原告P1を出勤停止5日間とした本件処分1は、被告の使用者としての懲戒についての裁量権の範囲を逸脱又はこれを濫用したと認めることはできないというべきである。

3.上司の揶揄は案外重い

 本件より前に、原告P1は、同様の行為で口頭厳重注意を受けていました。それが効いた面はあるにしても、出勤停止(給与不支給)を裁量の範囲内としたことは、少し意外でした。

 発覚してしまった以上、組織の弛緩を防ぐため、何等かの懲戒処分は免れないだろうなとは思います。しかし、それほど大した実害が及ぶとも考えられない与太話で5日間もの出勤停止を許容したことは、やや重いのではないかという感覚があります。

 とはいえ、東京地裁労働部が、これを適法と判示したことは無視できません。

 以前、使用者が業務用端末から送られたメールを復元し、それが労働者側に不利な証拠として用いられた例を紹介したことがあります。

業務用端末からの労働相談は要注意-勤務先が閲読する可能性がある - 弁護士 師子角允彬のブログ

 こうした事例にも通底しますが、業務用端末を使って上司を揶揄するようなことは、控えておいた方が無難と言えそうです。