1.解雇後に作成される陳述書、報告書等
訴訟で解雇の効力を争っていると、使用者側から、原告労働者の勤務態度に問題があったことの証拠として、在職中の同僚労働者の供述をまとめた書面が提出されることがあります。書面は、報告書、陳述書、メールなど、色々な形がとられます。
こういった書証は、解雇前に作成されたものであれば、解雇の意思決定の基礎にされたものとして、一定の意味を持ちます。
しかし、紛争が勃発した後で作成されたものであれば、それほど強い証拠力(証拠としての価値)が認められるわけではありません。
近時公刊された判例集にも、解雇後に作成、送信されていることを理由に、報告書、メールにより解雇の有効性を基礎付けることを否定した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令3.6.23労働判例ジャーナル117-52 ディーエイチシー事件です。
2.ディーエイチシー事件
本件で被告になったのは、化粧品の輸出及び製造販売等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告のヘリコプター事業部(本件事業部)で部長として勤務していた方です。日常的に周囲に暴言を吐き高圧的なパワーハラスメントを繰り返したことなどを理由に懲戒解雇されたことを受け、その効力を争い、未払賃金等の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。
本件の被告は、パワーハラスメント等を立証するための証拠として、他の従業員らの報告書やメール等を書証として提出しました。
しかし、懲戒解雇に作成されたものであったことから、裁判所は、次のとおり判示して、その証拠としての価値を否定しました。結論としても、懲戒解雇の効力は否定されています。
(裁判所の判断)
「被告主張のパワーハラスメントや居眠りについては、これを認めるに足りる的確な証拠がない。被告は、この点に関する証拠として、本件事業部の他の従業員らの報告書(乙5~16)を書証提出するが、いずれも公開の法廷における反対尋問を経たものではなく、その客観的な裏付けとなる証拠も見当たらない。また、懲戒解雇当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、その存在をもって当該懲戒解雇の有効性を根拠付けることはできないと解されるところ、上記報告書の作成日付はいずれも本件懲戒解雇後であるから、これらの報告書の記載から直ちに本件懲戒解雇の有効性を基礎付けることはできない。被告が提出するその余のメール等の書証についても、本件懲戒解雇後に送信されたもの(乙27~29)や客観的裏付けを欠くもの(乙3、24)であるから、これらの証拠から直ちに本件懲戒解雇の有効性を基礎付けることはできない。」
「加えて、前記認定事実のとおり、被告は、平成28年6月8日の会長面談時に、原告に対し、P10の退職に関して、退職勧奨はパワーハラスメントになるから気を付けないといけない旨の指導をしたことは認められるものの、それ以上に、原告の在職中、パワーハラスメントについて同人を指導していたと認めるに足りる的確な証拠はない。」
「以上によれば、被告の主張するパワーハラスメント等の事実は、証拠上認定することができないか、仮にその一部が認定できるとしても、これに対する指導が十分にされたとは認められないから、本件懲戒解雇の有効性判断においてこれらを重視するのは相当でない。」
(中略)
「その他、被告がるる主張するところを考慮しても、被告が本件懲戒解雇の理由として挙げた事情は、いずれも懲戒解雇理由となり得ないか、仮になり得るとしてもこれを重視することが相当とはいえないものであり、本件懲戒解雇前に前記懲戒事由に関する原告の言い分を聴取するなどの手続を経ていないこと(証人P4 17~18頁、原告本人7頁、弁論の全趣旨)も踏まえれば、本件懲戒解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められず、懲戒権の濫用として無効であるというべきである。」
3.紛争になってから作成される陳述書の類にそれほどの価値はない
労働審判や訴訟で、使用者側から元同僚の大量の陳述書が出されると、その量や内容に圧倒され、意気消沈してしまう方は少なくありません。
しかし、裁判用の資料として事後的に作成された文書であれば、見た目ほどのインパクトを有しているわけではありません(それなのに、なぜ使用者が膨大な時間と労力をかけてまで大量の陳述書を作成してくるのかは良く分かりませんが)。紛争後に作られた文書が多分に作文的要素を含んでいることは、裁判所も十分に理解しているため、あまり悲観的にならないことが肝要です。