弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

諭旨解雇から懲戒解雇までの予告期間をどう考えるか

1.諭旨解雇

 一定の予告期間を置いて自発的な退職を促し、予告期間内に退職しなかった場合に懲戒解雇とすることを諭旨解雇といいます。「2週間以内に辞表を提出しなかったら、懲戒解雇に処する」といったようにです。

 諭旨解雇は法令用語ではないため、厳密な定義があるわけではありませんし、様々なバリエーションが存在します。予告期間をどのくらいとるのかも、会社によって異なっています。

 しかし、あまりに短い予告期間を設けることは、諭旨(趣旨や理由を諭し伝えること)である趣旨を没却するようにも思われます。

 それでは、予告期間に下限はないのでしょうか? この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.4.13労働判例ジャーナル114-38 JTB事件です。

2.JTB事件

 本件で被告になったのは、旅行業等を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結した方です。経費の不正受給が疑われ、その調査に伴う出勤停止を経て、不適切な出張旅費の受給や会議打合せ費・交際費の不正使用をしていたとして、諭旨退職処分を受けました。

 この時に受けた諭旨退職処分は、平成31年3月29日付けで、同年4月1日までに退職届を提出しなければ懲戒解雇するというものでした。結局、原告は退職届を提出せず、被告は、平成31年4月5日、同月10日付けで懲戒解雇することを記載した通知書を送付し、原告を懲戒解雇しました。これに対し、原告は、被告を相手取って、懲戒解雇が無効であることを理由に、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに、本件懲戒解雇の適正手続違反の有無がありました。退職届を提出するまでの予告期間が短すぎるのではないかという問題です。

 この論点に対し、裁判所は、次のとおり述べて、適正手続違反にはならないと判示しました。結論としても、本件懲戒解雇の有効性を認めています。

(裁判所の判断)

原告は、平成31年3月29日の本件諭旨退職処分の際、退職届を出すか否かを判断するために与えられた猶予期間は、最終的に同年4月1日12時までという短期間であった上、退職に応じた場合の退職金の具体的な支給予定額を尋ねても回答してくれなかったことや、その際の被告の担当者の口調が命令口調で威圧的であったことからすると、本件懲戒解雇は適正手続の観点から問題があるとも主張する。

しかしながら、上記のとおりの本件における経費の不正受給行為の悪質さの程度や、原告がこれによってたびゲーター社や被告の企業秩序に与えた悪影響の程度に照らすと、諭旨退職に応じるか否かを決断するために与えられた猶予期間が数日しかなく、退職金の額も告げられなかったからといって、適正手続に反するということはできないというべきである。また、被告の担当者が原告に対し威圧的な言動をしたことを認めるに足りる証拠もない。前記・・・の認定事実のとおり、たびゲーター社及び被告は、原告による経費の不正受給の発覚後、数回にわたり原告のヒアリング調査を行い、その過程で、原告の言い分を考慮し、原告に対する経費の返還請求額を減額していることや、原告が、上記調査の間、ヒアリング担当者やたびゲーター社のP5社長に対し、口頭やメールで、不正受給と認められるべき範囲について自由に意見を述べていることからすると、原告の主張するような意思の抑圧があったとは考え難く、本件諭旨解雇処分及び本件懲戒解雇に至る手続に相当性が欠けるところがあったと認めることはできない。」

3.猶予期間は数日でもよい?

 裁判所は事案の悪質さや、企業秩序に与えた悪影響の程度に照らせば、退職金の額を告げず、予告期間を数日に設定しても適正手続違反にはならないと判示しました。

 諭旨解雇・諭旨退職処分は、労働者から見ると、

① 自己都合退職して、退職金を確保するか、

② これに応じず、懲戒解雇の効力を争い、地位の回復を図ってゆくのか、

を選択するという側面があります。

 退職金の額も教えてもらえず、予告期間も3日しか与えられなかったとなると、いずれの選択をとるのかの比較衡量を十分にするだけの時間的余裕があったとは、言いにくいように思われます。

 それでも適正手続違反がないと判示した裁判例があることは、警戒すべきポイントとして、記憶しておくべきであるように思われます。