弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

業務中の無免許運転(免許停止処分期間中の運転)を理由とする懲戒解雇の効力が否定された例

1.懲戒事由として明記されていない非違行為の処分量定

 就業規則の中には、懲戒事由毎に標準的な処分量定を規定しているものもあります。「酒酔い運転をした職員は、免職又は停職とする」といったようにです。

 こうした就業規則のもと、懲戒事由として明確に規定されていない非違行為を犯した方の処分量定は、どのように決められて行くのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.9.2労働経済判例速報2513-19 トヨタモビリティ事件です。

2.トヨタモビリティ事件

 本件で被告になったのは、自働車その他各種輸送機器の販売、賃貸及び修理等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告で営業職として勤務していた方です。免許停止処分期間中、顧客から台車を届けるように求められ、上司に対応を諮らないまま、勤務店舗(本件店舗)から近隣のQ2店まで社用車を運転したところ、これが被告の内部調査によって発覚し、諭旨退職を通知されました。そして、退職に応じなかったところ、懲戒解雇されました。これを受けて、懲戒解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告の就業規則上、飲酒運転は標準的な処分量定を含め懲戒事由として明確に定められていましたが、無免許運転は懲戒事由として明確に定められているわけではありませんでした。そのため、原告の方は「著しい交通法規違反により、刑法に触れるとき」という規定に基づいて諭旨退職通知・懲戒解雇されました。

 このような規定のもと、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件運転行為が本件賞罰規程の定める懲戒解雇事由に該当することは、前記・・・のとおりであるが、懲戒権の行使は、懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても、当該具体的事情の下において社会通念上相当なものとして是認することができないときには、懲戒権を濫用したものとして無効になると解するのが相当である。」

「そして、本件賞罰規程では、交通法規違反のうち飲酒運転を懲戒事由として具体的に挙げた上で、

『業務時間内外に関わらず』、『飲酒運転をしたとき』は訓戒、けん責、減給、出勤停止、解任又は降格とする旨(6条17号、9条1項②)を、

『飲酒運転をして事故を発生させたとき』は諭旨退職又は懲戒解雇とする旨(7条13号、9条2項①)を規定し、

事故の発生の有無によって諭旨退職・懲戒解雇と解任・降格以下の処分とを振り分ける一方、業務時間内の行為であるか否かはその要素とはしていない。そうすると、いわゆる包括条項である本件賞罰規程9条2項⑤を適用して懲戒処分を行うに当たっては、公平性の観点に照らし、かかる趣旨を十分に勘案してその相当性を判断すべきである。」

「そこで検討すると、本件運転行為は、業務上行われた重い交通法規違反であって、自動車の取扱いを業とする被告・・・との信頼関係を著しく損なう非違行為であるといわざるを得ない。また、本件では、原告が交通法規違反を繰り返し、直近の免停処分に際しても短期講習の受講をせず、その結果、本件免停処分を受けるに至ったこと・・・、本件運転行為を行うに際しても、上司に具体的な状況を報告し、対応を諮るなど、交通法規違反を犯すことのないよう真摯な検討をした形跡がうかがわれないこと・・・など、その経緯に相当に軽率な点があったことを否定することができない。」

「他方において、本件運転行為は、事故の発生を伴っていないところ・・・、本件賞罰規程上、事故の発生を伴わない飲酒運転が懲戒解雇事由とされていないこと・・・及び無免許運転(免停処分を受けている期間中の運転)が危険性や悪質性の点において飲酒運転のそれを超えるとは直ちにいい難いことに照らせば、これについて懲戒解雇を行うことの相当性は慎重に検討せざるを得ない。また、本件運転行為は、被告との信頼関係を著しく損なう業務上の非違行為であるものの・・・、本件賞罰規程上、業務時間内の行為であるか否かが飲酒運転に係る懲戒処分の量定を振り分ける要素とはされていないこと・・・に照らし、これを懲戒解雇を相当とする決定的な事由とすることは困難である。

以上に加え、本件運転行為が、本件店舗と近隣の商業施設との間の約1.3kmを1回走行したにとどまること・・・、本件運転行為により被告に明らかな損害が発生したとは認められないこと・・・、原告が、被告に入社してから本件懲戒解雇(及びこれに先立つ諭旨退職)を受けるまでの約27年間にわたり、被告から懲戒処分を受けたことがないこと・・・等の酌むべき事情をも勘案したとき、本件運転行為について懲戒解雇を行うことは、懲戒処分の量定の均衡を欠くといわざるを得ない。

「したがって、本件懲戒解雇は、これを社会通念上相当なものとして是認することができないから、懲戒権を濫用したものとして無効というべきである。」

3.無免許運転≦飲酒運転

 上述したとおり、裁判所は、無免許運転の処分量定を飲酒運転に準じるものとして評価しました。無免許運転が問題になる事案は、飲酒運転が問題になる事案よりも大分少ないため、無免許運転を理由とする懲戒処分野効力を検討するにあたり、本件は参考になります。

 また、既存の条文の規定ぶりに準拠して重要な考慮要素を指摘し、処分量定を導き出すという考え方も、応用できる範囲が広く、懲戒処分の効力を争う上で参考になります。