弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒処分に縮小認定はあり得るか?

1.縮小認定

 「縮小認定」という言葉があります。これは刑事訴訟で使われる専門用語で、公訴事実の全部を認定できない時に、一部の事実のみ認定し、それを前提に有罪判決を言い渡すことを意味します。例えば、強盗罪で刑事裁判にかけられたものの、暴行や脅迫の存在が認定できない時に、窃盗の限度でのみ事実を認定し、窃盗罪で有罪判決を言い渡すといったようにです。

 一定の制約はありますが、現行法の解釈上、縮小認定は、それ自体許されないものとまでは考えられていません。

 それでは、この「縮小認定」は、使用者が労働者を懲戒する場合にも使えるのでしょうか? 懲戒処分の効力が争われて、使用者が当初認識していた懲戒事由の認定に疑義が生じた場合、疑義のない一部のみ取り出して、その認定を基に懲戒処分の効力を論じることは、果たして許容されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。長崎地判令4.11.16労働経済判例速報2509-3 不動技研工業事件です。

2.不動技研工業事件

 本件の被告は、機会、プラント、船舶、自働車、土木建築等の設計等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の労働者3名です(原告P1、原告P2、原告P3)。競業避止義務違反や競業行為への加担等を理由とする懲戒処分等(懲戒解雇、降格、諭旨解雇)を受け、その効力を争って地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件で注目されるのは、原告P3に対する懲戒処分(諭旨解雇)です。

 原告P3の懲戒事由は、

「遅くとも平成31年1月頃から、P5らと通謀し、被告の現職従業員らを引き抜き、P5が代表者として設立予定の新会社(被告と競業する業務を行う会社)へ転職させることを計画し、複数の現職従業員らに対して、被告の体制等の批判を繰り返した上、同計画への参加を働きかけたため。」

とされていました。

 裁判所は、通謀や部下に対する働きかけの事実を認定しませんでしたが、次のとおり述べて、縮小認定の余地を認めました。ただし、結論において、裁判所は諭旨解雇は無効だったと判示しています。

(裁判所の判断)

「P5は、被告の現職従業員らを引き抜き、被告と競業する業務を行う会社を設立し、新会社へ転職させることを計画していたと認められ、原告P3は、同計画に関与したと認められるが、その関与の程度に照らして、P5と通謀したとは認められない。この点、被告は、通謀の根拠として、原告P3が平成31年1月29日夜の懇親会や1月30日会議を設定した旨主張するが、前者は、従前から情報共有会後の懇親会の設定をしていた流れでP5から頼まれたというにすぎず、1月30日会議も、主たる目的は被告代表者の神奈川事業所の組織再編についての説明を受けた対応の協議にあったといえ、原告P3がP5と通謀していたことの根拠となるものではない。」

「また、前記認定のとおり、原告P3は、P5に新会社に引き連れていくことができそうな部下の名前を挙げたが、部下に対して実際に働きかけたことを認めるに足りる証拠はない。」

「上記のとおり、原告P3について、処分理由記載の非違行為があったと認めるには足りないが、原告P3がP5の上記計画に関与し、部下の名前を挙げるなどして、これを助長したことは認められ、縮小認定の余地も考えられることから、以下、同行為について、懲戒事由該当性を検討する。

・服務規律違反について

「前記認定の経過に加え、1月30日会議前の開業目的の集団退職が法令に抵触する可能性について言及するP5とのメールのやり取りに照らすと、原告P3は、P5の上記計画が就業規則36条又は同条が規律する競業避止義務に抵触することを認識していたと認められる。そして、前記(1)イ(オ)のとおり、就労時間中に競業避止義務等に抵触する行為や、その準備行為をすることは、就業規則74条1項、75条2項1号に違反すると認められるところ、前記のとおり、P5に新会社に引き連れていくことができそうな部下の名前を挙げ、P5の上記計画を助長したことは、上記準備行為に当たり、就業規則74条1項、75条2項1号の職務専念義務等に違反したと認められる。」

「他方で、原告P3の上記行為は、P5の上記計画を助長するにとどまり、これにより被告に損害が生じる具体的危険性があるということはできないから、就業規則75条6項7号に違反するとは認められない。」

「また、前記・・・と同様、原告P3が、上記職務専念義務等違反に際し、被告のパソコンを目的外使用したことについては、懲戒事由として考慮することはできず、原告P1より程度が軽い原告P3の行為について、就業規則74条4項に違反するとは認めら れず、就業規則75条2項3号にも該当しない。」

「就業規則119条3号、4号について」

「前記・・・と同様、原告P1よりも程度の軽い原告P3の上記行為が就業規則119条3号、4号違反に該当するとは認められない。

・就業規則119条24号について

「上記・・・のとおり、原告P3が、P5の上記計画について、就労時間中にP5と連絡し、引き連れていくことができそうな部下等の名前を挙げて、上記計画を助長したことは、就業規則74条1項、75条2項1号に違反するものであるが、同行為の性質、態様に鑑み、重大な違反行為に該当するとはいえず、就業規則119条24号に違反するとは認められない。」

・本件諭旨解雇の効力について

「上記・・・のとおり、原告P3の行為について、就業規則119条3号、4号、24号の懲戒事由に該当するとは認められず、本件諭旨解雇は無効である。」

(中略)

「以上の次第で、原告P3の労働契約上の地位確認請求は理由がある。」

3.縮小認定の余地はあるのか? 

 裁判所は、結論こそ原告P3の地位確認請求を認めたものの、縮小認定の余地を認めました。

 同じ縮小認定という言葉でも、刑事訴訟の場合とでは意味合いが異なります。最大の差異は、既に一定の処分量定が決まっているところではないかと思います。刑事訴訟では量刑は未定であるのに対し、懲戒処分の場合、既に一定の懲戒事由と結びついた懲戒処分が存在します。この処分量定は認定落ちする前の懲戒事由に相応しい重さの処分として決められているはずです。そうであれば、余程微細な部分であればともかく、認定落ちが発生している以上、当初の懲戒処分の効力が維持されることを正当化するのは不可能なのではないかと思います。

 縮小認定された事実で当初懲戒処分の処分量定を維持できる場面は限定的だとは思いますが、懲戒処分の効力を争う場面では、縮小認定の可能性も念頭に置いておく必要があります。