弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

行政処分(業務停止)で労務の提供を受領できなくなったことは、使用者の「責めに帰すべき事由」か?

1.使用者の「責めに帰すべき事由」による履行不能

 最三小判昭63.3.15労働判例523-16 宝運輸事件は、

「実体法上の賃金請求権は、労務の給付と対価的関係に立ち、一般には、労働者において現実に就労することによって初めて発生する後払的性格を有する」

と判示しています。つまり、働かない限り、原則として、賃金を請求することはできません。これをノーワーク・ノーペイの原則といいます。

 しかし、解雇事件で事後的に解雇が違法・無効であることが明らかになった場合には、働いていなかったとしても、ノーペイとはならず、解雇日に遡って賃金を請求できることができます。

 これは民法536条2項という条文があるからです。

 民法536条2項本文は、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定しています。

 ここから、解雇されて労務を提供できなくなったことは使用者(債権者)の責めに帰すべき事由によるのだから、使用者(債権者)は賃金支払債務(反対給付)の履行を拒むことができないという解釈が導かれます。

 これは解雇に限った話ではありません。使用者側の都合で一方的に休職や帰宅を命じられた場合にも等しくあてはまる理屈です。

2.行政処分(業務停止)の場合はどうか?

 それでは、何等かの理由により使用者が業務停止処分を受け、その煽りを受ける形で労務の提供ができなくなった場合はどうでしょうか? この場合も、労働者は、民法536条2項に基づいて賃金全額の支払いを受けることができるのでしょうか?

 この問題には、二つのポイントがあります。

 一つは、使用者の側としては、労務の提供を受けたいと思っていることです。解雇だろうが休職だろうが、労働者が労務の提供をできなくなるのは、使用者側が労務の提供を受けたくないと思って、その受領を積極的に拒否するからです。

 しかし、行政処分で業務停止を受けた場合に限って言えば、使用者としては、いつも通り労務の提供を受けたいと思っています。労務の提供を受領したいのに、公的規制との関係で受けられなくなるだけで、積極的に受領を拒否しているわけではありません。特に、行政処分(業務停止)を受けたとはいっても、労働者に対する労働契約上の義務の履行に何の問題もなかった場合、それを使用者の「責めに帰すべき事由」と言っていいのかという疑問が生じます。

 二つ目は、行政処分を予見できるかという問題です。行政手続法12条1項は、不利益処分について、

「行政庁は、処分基準を定め、かつ、これを公にしておくよう努めなければならない。」

と規定しています。

 しかし、不利益処分の基準は常に公開されているわけではありません。むしろ、「この程度の違反であれば重大な不利益処分が科せられることはない」という誤ったメッセージを送ることを避けるため、意図的に伏せられていることもあります。このような場合、業務停止処分を受けることは、まさに寝耳に水であり、これを予見することができたといえるのだろうかという疑問が生じます。予見可能性が問題になるのは、予見不可能な結果について、使用者の「責めに帰すべき事由」というのが酷だからです。

 行政処分(業務停止)との関係では、上述のような難しい問題があるのですが、近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令3.9.16労働判例ジャーナル119-52 弁護士法人アディーレ法律事務所事件です。

3.弁護士法人アディーレ法律事務所事件

 本件で被告になったのは、一般消費者の債務整理や過払金返還請求などを主たる業務としている東京弁護士会所属の弁護士法人です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結していた弁護士です。

 過払金返還請求に係る役務の広告が有利誤認表示に該当するとして、被告は消費者庁から景品表示法違反を理由とする措置命令を受けました。その後、同様の理由により、東京弁護士会から業務停止2か月の懲戒処分を受けました。

 これを受けて、被告は、行わせる業務がなくなったとして原告に自宅待機を命じ、自宅待機期間中、労働基準法26条所定の休業手当相当額を支払いました。

 この扱いに対し、原告は、当該機関の労務提供が不能になったのは被告の責めに帰すべき事由によるとして、本来もらえた給与額との差額賃金を請求しました。

 本件では、労務提供の不能が被告の「責めに帰すべき事由」によるといえるのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、労務提供の不能が被告の「責めに帰すべき事由」によることを認めました。

(裁判所の判断)

「被告において、本件各広告表示が一般消費者に実際よりも著しく有利な取引条件であると誤認させ、一般消費者の自主的かつ合理的な選択を損害するおそれがあるものであって、これを掲載することが景表法4条1項に違反し、ひいては弁護士の業務広告に関する日弁連の規程にも抵触することは容易に認識することができたというべきである。」

以上を踏まえ、本件業務停止処分の予見可能性についてみると、弁護士又は弁護士法人の行為が『品位を失うべき非行』といった懲戒事由に該当するか否か、該当するとして懲戒するか否か、懲戒するとしてどのような処分を選択するかの判断については、所属弁護士会の合理的な裁量に委ねられているものと解される。ここで、前示のとおり、弁護士は、法令及び法律事務に精通しなければならないものである以上、弁護士が組織する弁護士法人が法令違反行為を行った場合には、かかる法令違反行為を理由として所属弁護士会による懲戒を受ける可能性があることは当然であり、また、上記のとおり懲戒に関する判断が所属弁護士会の裁量に委ねられることに鑑みれば、特段の事情がない限り、所属弁護士会が量定したとおりの懲戒処分となることについても予見可能性があることを否定できないというべきである。

「そして、東京弁護士会は、本件各広告表示について、懲戒委員会の議決を踏まえ、本件業務停止処分をしたものであるところ、当該議決が業務停止2月という懲戒処分を量定した根拠として挙げる事情(〔1〕被告が桁外れの取扱件数と膨大な報酬金額を得ている大規模事務所であり社会的影響が大きいこと、〔2〕本件各広告表示が約4年10か月間継続され、多数の一般消費者に有利誤認をさせたこと、〔3〕本件各広告表示の内容が、宣伝内容を強化する形で変更されていったこと、〔4〕本件各広告表示の掲載により、消費者庁から本件措置命令を受け、弁護士や弁護士法人に対する社会的信用・信頼を著しく毀損したこと)は、本件各広告表示の掲載当時、被告において当然に認識し、又は容易に認識・予見し得たものと認められるから、被告は、本件各広告表示を掲載した時点において、業務停止処分を含む重い懲戒処分を受ける可能性があることも十分に予見することができたというべきである。

「以上のとおり、被告は、本件各広告表示の掲示が景表法ひいては業務広告に関する日弁連規程に違反することを容易に認識し得たものであり、これにより本件業務停止処分を受け、本件履行不能を招来することを十分予見し得たにもかかわらず、本件各広告表示の掲載に及んだのであるから、少なくとも本件履行不能について過失があるといえる。

したがって、本件履行不能は、民法536条2項の「被告の責めに帰すべき事由」によるものと認められる。

これに対し、被告は、雇用契約上の労務の提供が不能となったことについて使用者の帰責事由が認められるには、当該履行不能が使用者の何らかの行為が一因となって生じたといえるだけでは足りず、使用者が雇用契約上の義務に違反した場合に限られる旨を主張するが、民法536条2項の文言上かかる限定が存在しない以上、少なくとも本件業務停止処分が本件履行不能の直接かつ唯一の原因であることが明らかである本件において、同項の適用を否定すべき理由はなく、被告の上記主張は採用することができない。

4.行政処分(業務停止)に伴う危険は使用者が負担すべきなのだろう

 弁護士会の懲戒処分は、どのような事由でどのような処分がなされるのかが分かりにくい行政処分の一つです。「自由と正義」という会報の巻末で懲戒処分の要旨が公告されることになっているのですが、事案のごく一部が要旨として公表されるだけなので、どのような事案でどのような処分がされているのかは、業界内部にいても、あまり良く分かりません。漠然とした相場観はありますが、〇〇をしたものは✕✕になるといった裁量基準があるわけでもありません。

 もちろん、違法行為をすれば何等かの処分が下るところまでは予想できます。しかし、どのような処分量定がなされるのかは、極めて予測しにくいのが実情です。こうした構造の行政処分について、業務停止の予見可能性が認められるのであれば、違法行為を行って業務停止になる場合の殆どは、「予見可能性あり」という判断になるように思われます。

 また、裁判所は、賃金全額の支払義務を負う場面は、使用者による雇用契約上の義務違反に限られるわけではないとも判示しました。「労務提供を受けたかったのに受けられなかったのであり、これは自分の責任ではない」という使用者側の弁解は通用しないということです。

 こうした判断の背景には、行政処分(業務停止)で労務の提供を受領できなくなったことは、いわば使用者の自業自得であり、そのリスクは使用者側で引き受けるべきだという価値判断があるように思われます。

 稀な事案ではありますが、本件は業務停止で労務提供ができなくなった労働者の賃金債権を確保するにあたり参考になります。