1.セクシュアルハラスメント(セクハラ)
職場におけるセクシュアルハラスメントとは、
「事業主が職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」
をいいます。
職場におけるセクシュアルハラスメントには、対価型と環境型の二種類があります。このうち、環境型セクシュアルハラスメントは、
「職場において行われる労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること 」
と定義されており、
「事務所内において上司が労働者の腰、胸等に度々触ったため、当該労働者が苦痛に
感じてその就業意欲が低下していること」
などがその典型例とされています(以上、平成18年10月11日 厚生労働省告示第615号『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』(最終改正:令和2年1月15日同 第 6号参照)。
行政解釈上のセクハラの概念は、民法上、損害賠償責任を生じさせる不法行為の概念と一致するわけではありません。しかし、民事的な責任の有無を判断するうえでも、しばしば参照されています。
それでは、事業所内で通りすがりに女性の臀部に触れた時、「触っちゃった。」などと発言することは、セクハラ行為(不法行為)に該当するのでしょうか?
近時公刊された判例集に、この問題について判断を示した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.9.29労働判例ジャーナル119-40 ライフコーポレーション事件です。
2.ライフコーポレーション事件
本件で被告になったのは、食品の小売等を業とするスーパーマーケットを営む株式会社(被告会社)と、そのD店ベーカリー部門でチーフを務める男性従業員(被告C)です。
原告になったのは、平成3年生まれの女性であり、平成30年8月から令和元年6月15日までの間、D店ベーカリー部門でパート従業員として勤務していた方です。被告Cの発言により名誉を毀損されたり、セクハラ行為により人格権を侵害されたりしたなどと主張し、被告らに対して損害賠償を請求する訴訟を提起したのが本件です。
本件の原告は、セクハラ行為として、
「被告Cは、令和元年5月12日午後2時頃、ベーカリー部門の作業場で作業をしていた原告の真後ろを通りがかりに、故意に原告の臀部を触り、『触っちゃった。』とわざと周囲に聞こえるように触った事実を言った。」
と主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり判示して、セクハラ行為の不法行為該当性を否定しました。
(裁判所の判断)
「原告は、被告Cが故意に原告の臀部を触ったと主張する。しかし、被告Cが幅80ないし100cm程度の狭い通路上にいた原告の後ろを通る際に被告Cの右手甲側の指が1回原告の臀部に接触しただけであるから、接触に至る経緯や態様に照らして、被告Cが故意に原告の臀部に触れたとは認められず、かえって過失により触れたと認められる。」
「また、原告は、被告Cが『触っちゃった。』とわざと周囲に聞こえるように触った事実を言ったと主張するが、被告らは被告Cがわざと周囲に聞こえるように触った事実を言ったことは否認しているところ、原告の主張を裏付ける確たる証拠はない。」
「したがって、被告Cが原告に対するセクハラ行為に及んだとは認められないから、原告の主張は採用できない。」
3.「触っちゃった。」は許されるのか?
確かに、接触自体が故意であったとは認められないという判示は分からないでもありません。
しかし、「触っちゃった。」という言動に違法性がないと判示している部分は、やや疑問です。過失で触れてしまったとして、謝罪の言葉を口にするのであればともかく、「触っちゃった。」と口に出す必要性がどこにあるのかと思います。
結論に違和感はありますが、本件は言動の不法行為該当性についての境界事案の一つとして参考になります。