弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

在宅勤務者への出社命令が無効とされた例

1.今更出社したくない

 新型コロナウイルスの流行以降、在宅勤務・リモート勤務が定着、一般化しています。

 流行が沈静化すると共に、出社を命じる企業も増えているのですが、労働者の中からは「在宅勤務で支障なく働けていたのに、今更、通勤、出社したくない」という声も聞かれます。

 それでは、使用者の側で在宅勤務者・リモート勤務者に対し、自由に出社を命じることは許されるのでしょうか? さしたる必要性がない場合であっても、在宅勤務者・リモート勤務者は出社命令に応じなければならないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.11.26労働経済判例速報2506-28 ITサービス事業A社事件です。

2.ITサービス事業A社事件

 本件で被告になったのは、ITソフト開発やSES(System Engineering Service)などの事業を行っている株式会社です。

 原告になったのは、被告の従業員であった方です。

 原告は被告との間で、令和2年5月8日、賃金月額40万円とする労働契約を締結しました。原告が被告と取り交わした契約書には、就業場所について「本社事務所」と記載されていました。しかし、令和3年3月3日までの間、被告の事務所に出社したのは、初日のほか1度だけでした。

 原告がSlackのダイレクトメッセージ機能を利用して、他の従業員に

「これだけ人辞めててまだ理解できないのかな・・・??・・・って関jですね!!!!!負のスパイラルですね!!!!!だから、福利厚生とかを良くしてホワイトっぽくしてるんですね!」

などと書かれたメッセージを送信しました。

 これが判明したことから、令和3年3月2日、被告代表者は、同月4日から出勤停止1か月とする懲戒処分を通知しました(本件懲戒処分)。

 しかし、原告が本件懲戒処分は重過ぎる等と記載したメールを送ったところ、被告代表者は、次のような対応をとりました。

「出勤停止は置いといて。最終的な決定がでるまでは、勤務中にしていたこともあり、管理監督の観点からリモートワーク禁止とし、明後日から会社への通常出勤をお願いいたします。出勤が無い場合はもちろん欠勤扱いとさせて頂きます。」とのメールを送り、被告の事務所への出勤を求めた(本件出社命令)・・・。」

「被告代表者は、令和3年3月3日、原告に対し、『通常出勤については、処分に異議があるとのことなので、今回の処分は保留といたしました。そのため明日からの通常出勤をお願いいたしました。…出勤が無い場合は欠勤扱いさせて頂きます。また異論がないのであれば、無視していただいて構いませんし、そのまま出勤停止ということで明日から自宅待機で問題ありません。今回は異論があるということなので、処分は保留となっております。』とのメールを送った。」

 これを受け、原告は、令和3年3月4日以降、被告の事務所には出勤しませんでした。すると、令和3年3月18日、被告代表者は、無断欠勤が14日以上経過したとして、就業規則の規定に基づき、原告を退職扱いとしました。

 しかし、令和3年3月22日、労働者の側からも退職の申し入れが行われ、原告は遅くとも令和3年4月4日には被告を退職しました。

 その後、本件の原告は、大意、

本件懲戒処分の前提となる本社出社命令は無効である、

退職日まで働けなかったのは、無効な出社命令を発出した被告にある、

労務提供できなかったのは、被告の責めに帰すべき理由」によるのだから、賃金支払請求は成立しない、

との論理構成で、被告に対し、退職日などの金銭を請求しました。

 この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、出社命令の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実によれば、原告は、令和3年3月4日以降、労務を提供していないのは、それまでは自宅で勤務をしていたにもかかわらず、本件出社命令により、被告の事務所への出社を命じられたためと認められる。そこで、本件出社命令の有効性・・・について検討する。」

「証拠によれば、本件労働契約に係る契約書には、その就業場所は『本社事務所』とされているものの・・・、被告代表者自身が、①デザイナーは自宅で勤務をしても問題ない、②リモートワークが基本であるが、何かあったときには出社できることが条件である旨供述していること・・・、③現に、原告は、令和3年3月3日まで自宅で業務を行い、初日のほかに、被告の事務所に出社したのは一度だけであり、被告もそれに異論を述べてこなかったことからすると、本件労働契約においては、本件契約書の記載にかかわらず、就業場所は原則として原告の自宅とし、被告は、業務上の必要がある場合に限って、本社事務所への出勤を求めることができると解するのが相当である。」

「被告は、原告が本件やり取りを含めて長時間(99時間50分)にわたって業務に関係ないやり取りをしていたことを踏まえて、管理監督上の観点から、出社を求めたものであって、業務上の必要があった旨主張する。」

「たしかに、原告は他の従業員との間で、本件やり取りも含め、必ずしも業務に必要不可欠な会話をしていたわけではないことは認められるものの・・・、被告が提出する証拠・・・によっても、その時間が、被告が主張するような長時間であるとは認められず、これにより業務に支障が生じたとも認められない。また、一般にオンライン上に限らず、従業員同士の私的な会話が行われることもあり、本件やり取りの内容は、被告代表者を揶揄する内容が含まれる点で被告代表者が不快に感じた点は理解できるものの、そのことを理由に、事務所への出社を命じる業務上の必要性が生じたともいえない。

「被告代表者は、これに加えて、本件ツールによりパソコンで操作をしていたログがなく、労働者が申告する時間と実労働時間に差異があった場合には、本人に確認する必要があったとも供述するが・・・、原告は、デザイン業務を行う上ではパソコンで作業しない時間もある旨供述し、現に手書きで作業を行っていたこともあること(甲16)からすると、本件ツールのログによっても、労働者が申告する時間と実労働時間に差異があったとまでは認められず、この点からも出社を命じる業務上の必要性が生じたとはいえない。

「これに加えて、被告代表者は、令和3年3月2日午後3時24分に原告に対し、メールを送った後、原告との間で、メール上で、本件やり取りの当否をめぐってお互いを非難しあう中で、原告の反省がないことを理由にその5時間後に本件懲戒処分とともに、本件出社命令を発したものであり・・・、そのような経緯も踏まえると、本件の事情の下においては、本社事務所への出勤を求める業務上の必要があったとは認められない。そうすると、被告は、本件労働契約に基づき事務所への出社を命じることができなかったというべきであって、本件出社命令は無効であるといえる。

「以上によれば、原告が令和3年3月4日以降、労務の提供をしていないことは、被告が事務所に『社を命じることができないにもかかわらず、これを命じたためであり、被告の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものというべきである。さらに、同月19日以降については、原告が被告の責めに帰すべき事由による労務を提供していないにもかかわらず、被告はこれを欠勤と扱って本件退職扱いをしたことも原因といえるから、いずれにせよ被告の『責めに帰すべき事由』(民法536条2項)によるものというべきである。」

3.必要性が認められない場合、出社命令が効力を否定されることもある

 本件で注目されるのは、労働契約の締結当初は終業場所を「本社事務所」と明記する契約書を取り交わしていたことです。

 労働契約の時点で就業場所を「本社事務所」として特定していたのであれば、在宅勤務・リモート勤務は飽くまでも任意的・恩恵的措置であり、使用者はいつでも在宅勤務・リモート勤務の許可を取り消すことができるとなりそうです。

 しかし、裁判所は、そうした考え方を、採用しませんでした。入社後の稼働実体を踏まえ、就業場所を原則として原告の自宅とすることが労働契約の内容になっていたと捉えました。

 本件は、契約当初から在宅勤務・リモート勤務で働いていた事案であり、契約後、しばらく経ってから、在宅勤務・リモート勤務に切り替わったに場合にまで広く妥当するとは限りません。

 ただ、そうであるにしても、在宅勤務・リモート勤務の継続を求めて会社と交渉するにあたって武器となる裁判例であることは確かであり、実務上参考になります。