弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

明確な拒否がない限りは性的行為をしても許容されるとの考えを持っていたことは不法行為責任を阻却するか?

1.明確に拒否されない限り性的行為に及んでも良い?

 性的行為に及ぶにあたり、一々相手方の意思を確認することは非現実的であると言われることがあります。

 法的な主張として翻訳すると、要するに、

相手方が明示的に性的行為を拒否していなければ、仮に、性的行為への同意が欠如していたとしても、同意があると誤信しての行為であって、性的自由を侵害したことについて、故意があるとは言えない、

明示的な拒否がなければ、性的行為に同意していると信じても仕方がなく、仮に、性的同意が欠如していたとしても、性的自由を侵害したことについて、過失があるともいえない、

したがって、不法行為責任(損害賠償責任)の発生は、阻却されるべきではないか

ということになります。こうした議論が出てくるのは、不法行為に基づいて損害賠償を請求する根拠条文となる民法709条が、

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

と規定しているからです。権利侵害があったとしても、それが「故意又は過失」に基づいているといえない限り、加害者に法的責任を問うことはできません。

 それでは、こうした議論は、裁判所において通用するのでしょうか? 昨日ご紹介した、東京高判令6.2.22労働判例ジャーナル148-24 東京税理士会神田支部事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.東京税理士会神田支部事件

 本件で被告になったのは、

東京税理士会神田支部(一審被告支部)

一審被告支部の総務部長(一審被告B)

の二名です。

 原告になったのは、一審被告支部の事務局職員であった方です。一審被告Bから職務上の優越的地位を背景に、同意のない性的行為(本件性的暴行)をされてPTSDを発症したと主張し、損害賠償を請求したのが本件です。このほか、原告の方は、支部役員等が十分な救済・再発防止措置や復職への配慮を行わず、人格を侵害する言動をしたことなども問題視しています。

 これに対し、一審被告Bは、同意のない性的行為を行った事実はないにもかかわらず、一審原告が提訴記者会見を開いて性的暴行を行ったとの事実を摘示したことが名誉毀損にあたるとして、逆に損害賠償を請求しました。

 原審が一審原告の請求も一審被告Bの請求も棄却したところ、一審原告及び一審被告Bが双方控訴したのが本件です。

 本件では同意のない性的行為の存否が争点になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを認めました。

(裁判所の判断)

「(1)一審原告は、その陳述書(甲48)及び本人尋問において、要旨、次のとおり供述し、令和元年8月21日に一審被告Bがした性的行為は、全体として強いられたものであったとする。」

「ア 一審被告Bは、居酒屋を出てタピオカ飲料を購入した後、一審原告を一審被告Bの事務所に誘い、一審原告が断ると、路上で突然キスをし、強い口調で事務所に来るよう求めて同行させた。」

「イ 一審被告Bは、一審被告Bの事務所に入ると鍵を閉め、当初はタピオカ飲料を自分も飲みたいなどと会話した後、一審原告にキスをして、一審原告のスカートの中の下着の中に手を入れ、一審原告の着衣を全部脱がせて、自身も下半身の着衣を脱ぎ、一審原告の体中を触り、顔中をなめ回した。一審原告は嫌そうにして抵抗したが、一審被告Bは、一審原告を壁に押し付けて自己の陰茎を挿入しようとした。一審原告が体を背けてこれに抵抗すると、一審被告Bは仰向けに寝転び、一審原告に自己の陰茎をなめるように言い、『またがれ』と言って一審原告の腕を引っ張り、一審原告を近づけた。一審原告がこれを拒んだところ、一審被告Bは一審原告の頭を押さえつけて、一審原告の顔を一審被告Bの陰部に近づけ、一審原告が泣きながら『嫌です』などと言って拒否し続けると、一審原告の左頭部を平手打ちし、『いいからなめろ』と言った。」

「ウ 一審原告が大声で泣き叫ぶと、一審被告Bは『ハグさせて』と言い、泣いている一審原告を立たせて、自身は下半身を露出したまま一審原告を抱きしめ、『幸せになれよ』と言って、それ以上の行為はしなかった。」

「(2)これに対し、一審被告Bは、その陳述書(乙B9)及び本人尋問において、要旨、次のとおり供述し、令和元年8月21日に一審被告Bがした性的行為は、全体として一審原告の同意があるか、明確な拒否がなく同意していると判断できる状況下のことであったとする。」

「ア 一審被告Bと一審原告は、タピオカ飲料を買って店を出たところで雨が降り出し、タピオカ飲料を飲むところがないという話になり、話し合って、一審被告Bの事務所に行くことになった。一審原告は、一審被告Bの事務所に入るまで、嫌がる素振りもなく、一審被告Bと一緒に歩いていた。」

「イ 一審被告Bと一審原告は、一審被告Bの事務所で、一審被告Bがタピオカ飲料を自分にも少し飲ませてと言って飲んだり、手相の話をして一審原告の手に触ったりしながら、しばらく歓談し、いい雰囲気になった。一審被告Bが一審原告に対し、チュウしていいかと尋ねたところ、一審原告は『先生恥ずかしいです』と言ったが、嫌がる素振りは見せなかったので、一審被告Bがキスをしたところ、一審原告は舌を入れてきた。その後、歓談中に乳がん手術後の乳首の話題になり、一審被告Bが一審原告に対し、胸を見せてほしいといったところ、一審原告は、自分から胸を出して乳首を見せ、傷跡が目立たないことにつき医者をほめた。一審被告Bは、自然な流れで一審原告の乳首をなめ、一審原告の陰部に手を入れた。一審原告は、抵抗や嫌がる素振りは見せず、エクスタシーを感じているように見えた。」

「ウ その後、一審被告Bは、次は自分の番だと思い、ズボンを下して仰向けになり、一審原告に陰茎をなめてくれと言ったが、一審原告は『それはできない』と返答した。一審被告Bは、陰茎をなめてもらった後には性交に進むつもりでいたが、その返答を聞き、その時点で一審原告に対する性的な行為を止めた。」

「(3)上記のとおり、双方の供述には相反する内容も多いものの、一審被告Bが、一審原告から明示的な同意も拒否もない中で、一審原告にキスをし、一審原告の乳首と陰部に触った点と、その後、一審被告Bは、一審原告に自己の陰茎をなめるよう求めたが、一審原告がこれを拒否したところ、それ以上の行為には及ばなかった点では一致しており、これらの点においては双方の供述内容が真実に合致するものと認めることができる。」

そして、一審被告Bの供述によれば、一審被告Bとしては、一般に性的行為に同意があるか否かはそのときの雰囲気でしか分かり得ないものであり、嫌だと言いながら実はやりたい人も世の中にはおり、一連の流れで最初に許可があれば拒否されない限り行為を続けるという考えであり、令和元年8月21日には、一審原告から陰茎をなめることはできないと拒否されるまでは、改めて同意を確認するまでもなく性交に進むつもりでいたところ、一審原告から陰茎をなめることを拒否されたのでそれ以上の行為を止めにしたというのであるから、この時点での一審原告の拒絶は、一審原告が供述するように、大声で泣き叫ぶといった相当強いものであったことが推認される。そうすると、その直前までの行為について、一審被告Bが供述するように一審原告が自発的に胸を出して乳首を見せたり、陰部を触られることに抵抗を示さず、むしろ快感を覚えているようであったというのは不自然であって、明確な拒否に至るまでの一連の行為については一審原告の同意又は同意があると受け取られるような自発的な対応があったとする一審被告Bの供述は、直ちに信用し難い。」

「一方、前記認定のとおり、一審原告は、令和元年8月21日に一審被告Bの事務所からの帰宅中に偶々電話連絡をしてきたP5研修部長に対し、同夜のうちに面会して、一審被告Bから性的暴行を受けた旨を話し、同年9月17日には、P6前支部長にも同旨の話をしており、その際、一審原告は、一審被告Bから受けた行為として『下着に手を入れられたこと、一審被告Bがズボンとパンツを脱いで局部を露出していたこと、上に乗るよう強要されたこと、局部を口に含むよう言われたこと、言うことを聞かないので殴られたこと』などを述べている。また、同月20日には、一審原告の主治医から診察時に様子がおかしいとして事情を問われたのに対し、強姦未遂されたことを職場の上司に伝えたと述べ,執行部の重要な部長に恫喝された上、食事の後に無理やり事務所に戻され、そこで叩かれ、下着に手を突っ込まれ、泣き叫んで辞めてもらったと説明している。このように、一審原告は、早い段階から一貫して、一審被告Bによる性的行為が一方的に強制されたものである旨を述べている。そして、一審原告は、その後PTSDと診断されて休職するに至っており、この出来事で一審原告が受けた精神的衝撃は相当大きなものであったことが推察される。」

「他方、一審被告Bは、令和元年8月22日に一審原告が有給休暇を取得していたと知ると、翌23日に『俺が悪戯したから?』と記載したメッセージを一審原告に送り、その後これを削除しており、一審被告Bにおいては、一審原告が同月21日の出来事をどのように受け止めているかに懸念を抱いていたことがうかがわれる。」

そもそも、一審原告と一審被告Bの間には、令和元年5月17日にLINEの連絡先を交換するまでは、個人的な接触は一切なく、その後、一審原告が一審被告Bに対して業務に関する連絡をした際に、気の合う方々と一緒に飲みに行きたい、ワインについて教えてほしいなどと記載したメッセージを送ったのに対し、一審被告Bが二人での会食を提案し、一審原告が体調を理由に断る趣旨のメッセージを送付しても、なお一審被告Bが酒を飲まなくても美味しいものを食べに行こうと誘ったことから、同年8月21日に二人で会食をすることになったものであり、その間の双方のやり取り(甲8の1・2)その他本件全証拠に照らして、一審原告が一審被告Bに対して敬意を払って接していたことは認められるものの、異性として関心を抱いていたとは認められない。

「これらの事実によれば、令和元年8月21日に一審被告Bの事務所内で行われた一連の性的行為は、一審原告においては、支部役員である税理士と支部事務局の職員という関係を意識して、一審被告Bの言動に対してあからさまに拒絶的な態度をとることを当初控えていたものの、一審被告Bと性的行為に及ぶことを期待も受容もしていなかったのに、一審被告Bにおいて、一審原告に対し性的関心を抱き、性交まで進む意図の下に、徐々に性的行為をエスカレートさせていく形で、一方的に行ったものであると推認され、全体として、同意のない性的行為であったとの評価を免れない。これに反する一審被告Bの供述は、信用性を欠き採用することができない。また、一審原告の供述中に、居酒屋での滞在時間や、事務所内での双方の位置関係、移動状況等に関する点で事実と整合しない部分やあいまいな部分があることは、上記認定を妨げる事情とはいえない。」

「(4)したがって、一審被告Bは同意のない性的行為(本件性的暴行)により一審原告の人格権を侵害したことについて、不法行為責任を負う。」

なお、一審被告Bは、その供述によれば、明確な拒否がない限りは性的行為をしても許容されるとの考えの下に行動していたことがうかがわれるが、そのような認識をもって、一審原告の同意があると誤信していたということはできず、一審被告Bの不法行為責任を否定する根拠とはならない。

3.軽く一蹴された

 冒頭に述べたような主張は、それまでに性的行為に及んでもおかしくないような関係性が積み重なったうえでのことであれば、理解できなくもありません。

 しかし、性的行為に及ぶことが自然といえるような関係がない中、性的行為を求め、明確な拒否がなかったことをもって性的行為に及んだとしても、故意や過失が否定されるということはないのだと思います。判決文からは明確には読み取れませんが、おそらく、性的行為に及ぶ側に一方的に都合の良い価値観は法的に正当なものとは認めないという発想ではないかと思います。

 三日前にも述べましたが、明示的/明確な拒否がなければ、性的同意があったとみなされるといった俗説は誤りです。今の裁判所・法律実務は、セクシュアルハラスメントに対しての理解が進んでおり、そうした形式的な判断をすることはありません。

暴行・脅迫がなければ性的同意があったものとみなされるという俗説が誤りであることを示す一例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 明示的/明確な拒否がなかったとしても、職場でのセクシュアルハラスメントを問題にできる可能性は十分にあります。改めて、権利行使を諦める必要がないことを記しておきたいと思います。