弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

食事を受け入れられても、抱きしめて良いかと尋ねてうなずかれても、真の性的同意があったとは認められないとされた例

1.セクシュアルハラスメントと迎合的言動

 最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件は、管理職からのセクハラについて、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」

との経験則を示しました。

 この判決が言い渡されて以来、加害者の責任追及にあたり、被害者の迎合的言動をそれほど問題視しない裁判例が多数現れています。

 近時公刊された判例集にも、この系統に属する裁判例が掲載されていました。宮崎地判令5.3.22労働判例ジャーナル136-22 慰謝料等請求事件です。

2.慰謝料等請求事件

 本件で被告になったのは、宮崎県議会議員の男性です(昭和43年生まれ、既婚で妻子あり)。

 原告になったのは、昭和55年生まれの当時独身の女性で、被告の事務所に事務員として雇用されていた方です。被告から様々なセクシュアルハラスメント(セクハラ)を受け、精神的苦痛を受けるとともに就労不能になったとして、不法行為に基づき損害賠償金の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。 

 本件で原告が主張したセクハラ行為の一つに、

「ホテルの一室での抱き付き等」

がありました。

 この行為は、裁判所によって、次のとおり認定されています。

(裁判所が認定した事実)

「被告は、平成31年4月7日投開票の宮崎県議会議員選挙で当選した後、同月11日午後6時30分頃から、宮崎観光ホテルのレストランにおいて、原告と二人で、選挙活動の慰労として食事をした後、別に予約をしていた客室で飲み直すことを提案し、現金を手渡して酒等を購入してくるように頼んだ。被告は、その後、原告と客室で話をしていたが、その際、原告の手を握った後、しばらくの間、原告の背中に両手を回して抱き付いた。」

 本件の被告は、

二人で食事する誘いを積極的に受け入れるメッセージを返信してくれていた、

抱きしめてもよいかと尋ねた際にも黙ってうなずいていた、

などと述べ、身体的接触は社会通念上許容されるものであったと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の行為はセクハラに該当すると判示しました。

(裁判所の判断)

被告の前記・・・の身体的接触は、雇用主である被告が、労働者である原告に対し、何らの必要もないのに行った、恐怖感や性的不快感を与える所為であり、原告の明確な同意もない以上、原告の性的な自由ないし人格権を侵害する違法なセクハラに該当する。

「被告は、

〔1〕原告が二人で食事する誘いを積極的に受け入れるメッセージを返信していた上,客室で飲み直す提案も了承し、手を握った際には嫌がる素振りもなく、抱きしめてもよいかと尋ねた際にも黙ってうなずいていたもので、原告が客室から出た数分後にはお礼のメッセージを送信してきた、

〔2〕被告の行為は親愛・感謝を意味する身体的接触であって性的意味を有するものではない

などとして、上記身体的接触は、社会通念上許容されるものであるなどと主張し、この主張に沿ったメッセージ(乙1、2)を提出する。」

「しかし、証拠(甲5、28、原告本人)によれば、原告は被告から依頼を受けて酒等を購入していた午後8時に母に電話をかけ、午後9時に宮崎観光ホテルに迎えに来て原告に電話をかけるよう依頼していた事実が認定できることからすると、その時点で、原告は、客室における被告の行動に警戒していたと認められ、被告による身体的接触を易々と受け入れることは考え難い。また、被告に雇用されている原告が、被告との間に波風を立てないようにしようとの思いから、飲食の誘いに表面的には好意的な返答をすることは十分にあり得ることである上、客室に被告と二人きりの状況の下、不意に身体的接触ないしその了承を求められた際、恐怖心や更なる危険を回避したいといった防衛本能から、これを明確に拒絶することができなかったとしても致し方ないことであって、仮に原告がうなずいたことがあったとしても真の同意があったと認めることはできない。そして、その後、受容困難な現実に対し、これを否認しようとする心理的規制から、何事もなかったかのように対応してしまうことも、ままみられることである。とすれば、仮に被告の主張している事実経過が身体的接触ないしその了承を求められた原告の対応も含め、被告の主張のとおりであったとしても、原告が真に身体的接触を受け入れていたと認める余地はない。 」

「さらに、ホテルの客室で二人きりの状態で被告が原告に抱きつくという行為態様に加え、それが雇用開始からわずか2か月後の出来事であること、被告は事前に客室を予約していたが、そのことを原告に知らせていなかったこと(原告本人、被告本人)、被告は客室の予約や客室内での出来事を本件訴訟に至るまで妻に伝えていなかったこと(証人B)、被告が原告に対して上記出来事の直後に『すごく癒しになりました』と、後に原告が退職を申し出た際には『宮観でのこと、僕の想いはすべて真実です!!』、『そんな簡単に僕から離れることは考えないでください。』、『出会えたことも運命です。』と送信したこと(乙1)からすると、抱きついた行為には性的意味が含まれているとみるべきであって、従業員に対する親愛・感謝の情を表現したものとは評価できない。」

「よって、上記・・・の行為が社会通念上許容されるとの被告の主張は、採用することはできない。」

3.被害者の立場から/行為者の立場から

 セクハラの被害を受けそうになった/受けた場合、外部に客観的な痕跡を残しておくことが重要です。家族・友人・知人に対する電話やメールなどが該当します。こうした客観的痕跡を残していれば、被害を受けた時に、その場では迎合的な反応を示してしまったとしても、後に損害賠償などの法的責任を追及しやすくなるからです。

 他方、行為者についていうと、後日、被害者から客観的痕跡を証拠として引用されたうえで「あの時、真の性的同意はなかった」と言われた場合、これを有効に防御することは、かなり困難ではないかと思います。職場で上位にあるだとか、既婚者であるだとか、年齢にかなりの開きがあるだとか、積極的な同意があったことに理解が得られにくそうな関係性にある場合には要注意だと思います。

 本裁判例は、あくまでも、職場のセクシュアルハラスメントに関するものであり、フラットな関係での男女交際には妥当しないと思います。また、不同意わいせつ罪や不同意性交等の罪は故意犯であるため、同意の存在を誤信させるような事実があった場合、真の同意がなかったとしても、それほど簡単に刑事責任を問われることはないと思います。

 しかし、刑事責任とは異なり、同意の存在を誤信したことに過失がある場合には、民事的な損害賠償責任は免れません。また、この種の事件が顕在化することは、社会的信用を大きく毀損させます。

 職場で部下と性的関係を結ぼうとしたり、不貞行為に及ぼうとしたりして、身を持ち崩す例は後を絶ちません。リスク管理上、職場で部下に性的関係を求めたり、不貞行為に及んだりすることが危険極まりない行為であることは、もっと社会的に認知されても良いように思います。個人的には、職場に異性関係は一切持ち込まないことをお勧めします。