弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

事前に明示された労働条件と、出社初日に見せられた雇用契約書が齟齬している場合の対処法-採用内定法理の活用

1.事前に聞いていた労働条件と話が違う

 求人をめぐる古典的なトラブルの一つに求人詐欺があります。

 求人詐欺とは、実際の労働条件よりも良い条件で求人を出しておいて、労働契約の成立の直前にそれまで見せていたよりも低い労働条件を提示し、今更入社を断れないという労働者の弱みを利用して労働契約を成立させてしまうことの俗称です。

 求人は申込みの誘引であって、応募したからといって直ちに労働契約が成立するわけではありません。また、応募者を実際に面接してみて、話合いのもとで労働条件を協議して行くことは、非難されるべきこととも禁止されるべきことともされていません。

 このような求人の法的な位置付けを利用して求人詐欺は行われます。

 近時は、あからさまな求人詐欺といえるような事案は少なくなっているように思います。しかし、求人詐欺とは言えないにしても、面接等をしていく中で使用者の方の気が変わり、事前に提示していた労働条件とは異なる労働条件が唐突に示されることは少なくありません。このような場合、「話が違う」として、しばしば労使間でのトラブルに発展します。

 それでは、事前に示された労働条件と、事後に示された労働条件とが異なっている場合、労働者側としては、どのような対抗手段が考えられるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.1.27労働判例ジャーナル135-38 G.Oホールディングス事件です。

2.G.Oホールディングス事件

 本件で被告になったのは、化粧品、プロテイン食品、オーディオ機器等の製造、小売、卸、コンサルティング等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、昭和60年生まれの男性の方です。

 出社当日、採用過程で示されていた労働条件とは異なる内容の雇用契約書を示され、不服や疑義を呈したところ、自宅待機を命じられました。

 その後、被告から

「本件に関しては、雇用条件についての話し合いにおいて互いに意思疎通がうまく機能しなかったため内定条件に合意できなかったと認識しております。(中略)大変申し訳ありませんが内定は取消しとさせていただきます。」

と通知されたことを受け(本件通知)、採用内定(始期付解約権留保付労働契約)の成立を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件通知に至るまでの主な経過は次のとおりです。

(裁判所で認定された事実)

「被告は、令和2年8月頃、ウェブサイト上に求人広告を掲載し、原告は、同ウェブサイトを通じて、同月28日、これに応募した・・・。」

「その後、原告は、書類選考を経て、同年9月7日に被告の人事担当者であるcによる採用面接を受け、同月23日に被告代表者、被告の事業部長であるf・・・及びcによる採用面接を受けた・・・。」

「cは、令和2年9月29日、原告に対し、原告を被告の正社員として採用することに決定した旨のLINEを送信するとともに、給与、賞与、休日等の勤務条件を提示した。このうち、〔1〕給与については、週5日勤務:総支給21万5000円、週6日勤務:総支給26万5000円(2年目からは隔週土曜日休み)のいずれかを選択すべきこと、〔2〕休日については、ゴールデンウィーク、盆休み、正月休みの期間が記載され、それ以外の祝日は全日出勤であるというものであった。」

(中略)

「原告は、同月6日、cに対し、改めて検討するので、給与の総支給額の内訳(固定残業代としての支払額や交通費等の内訳明細)、見込み残業としての所定みなし時間、フレックスタイム制のコアタイム、月平均所定労働時間、週5日又は週6日勤務の各選択時の年間休日日数を明示してほしい旨を申し入れた・・・。」

「cは、同月7日、上記各項目につき、その内容を明らかにするメールを送信した。なお、同メールには、週5日又は週6日勤務の各選択時の年間休日日数として、『週5:130日、週6:105日(若干の誤差がある可能性はありますがカレンダーに基づきます。)』と記載されていた。」

(中略)

「cは、同日、原告に対し、原告が従前在籍していた企業や大手企業のように細かくルールが定められていたり管理されているようなことでも被告ではそうではないことがあるかもしれないこと、仮に大手企業のような職務環境を望むのであればミスマッチの可能性もあるので、十分に検討してもらいたいこと、事前に少しでも懸念する部分があるのであれば全て潰しておきたいと思うので気が済むまで質問してもらいたいこと、入社予定はそれらがクリアになってから決定したいことを記載したLINEを送信するとともに、たたき台として、雇用期間、就業場所、業務内容、就業時間、残業の有無、休日、賃金、賃金の支払方法、賞与及び退職金の有無等が記載された雇用契約書(・・・以下『本件雇用契約書〔1〕』という。)を送信した。なお、本件雇用契約書〔1〕には、『賃金』として『月給26万5000円』、『雇用期間』として『期間の定め無』、『休日』として『日曜日、夏季休暇、年末年始 その他会社の定める日』との記載があった。・・・」

「原告は、同日、cに対し、『改めてメールで依頼の上、ご明示頂いた内容については納得した上での内定受諾でございます。』『週6日勤務2年目以降は隔週土曜日休み(1年目は最低年間休日日数を105日程度とし、個別に定める)等であれば疑問はございません』『度々確認させて頂いた内容で概ねクリアにできております。雇用契約書も参照させて頂き、安心しました。』旨をLINEで回答した。」

(中略)

「eは、同日(令和2年11月9日 括弧内筆者)午前11時頃、原告に対し、雇用契約書(・・・以下『本件雇用契約書〔2〕』という。)を提示し、署名押印を求めたが、原告は、雇用契約書に署名押印するとは思っておらず、印鑑を持参するのを失念していた。これに対し、eがメールで出社時刻と持参物を伝えた旨を指摘したところ、原告は、失念していたことを認め、これを謝罪した。・・・」

「原告は、本件雇用契約書〔2〕に『雇用期間』として『期間の定め有(令和2年11月9日~令和2年12月31日)』、『休日』として『日曜日、夏季休暇、年末年始 その他会社の定める日』と記載されているのを見て、eに対し、事前に聞いていた話と違う旨を告げ、さらに、確認のために呼ばれたcに対し、本件雇用契約書〔1〕と異なる旨指摘したところ、cは、雇用期間ではなく、試用期間であり、みんな最初はそうしている旨説明した。原告は、この記載では有期雇用契約のように読めるので、本件雇用契約書〔1〕のように期間の定めのない雇用契約として雇用契約書を作成してほしい旨求めたが、cはこれに応じなかった。・・・

また、原告は、休日について、本件雇用契約書〔2〕に『日曜日、夏季休暇、年末年始 その他会社の定める日』としか記載されていなかったため、cに対し、他にどのような日が休みになるのかと質問したところ、cは、『週6日を希望したんですよね。』と述べた。原告は、従前の説明では、年間105日程度休日があるという話だったのではないかと質問したところ、cは『人によって違うから。」と述べた。・・・

「原告は、cに対し、就業規則を閲覧させるよう求めたが、cは、原告に対し、自宅待機を命じ、原告は帰宅した。」

「cは、令和2年11月10日、原告に対し、本件通知をした」

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、採用内定の成立を認めました。

(裁判所の判断)

cは、令和2年9月29日、原告に対し、給与、賞与、休日等の勤務条件を提示し、さらに、原告からの求めに応じて、同年10月7日、原告に対し、給与の総支給額の内訳(固定残業代としての支払額や交通費等の内訳明細)、見込み残業としての所定みなし時間、フレックスタイム制のコアタイム、月平均所定労働時間、週5日又は週6日勤務の各選択時の年間休日日数の内容を明らかにし、これを受けて、原告は、同月11日、cに対し、内定を受諾する旨を通知したこと、cは、同月13日、雇用期間、就業場所、業務内容、就業時間、残業の有無、休日、賃金、賃金の支払方法、賞与及び退職金の有無等が記載された本件雇用契約書〔1〕を提示し、これを受けて、原告は、同日、cに対し、改めて内定を受諾する旨を通知したこと、その後、原告とcは、原告の入社予定日を同年11月9日とすることに合意し、原告が同日に被告に出社して入社手続をし、その際に正式な雇用契約書に署名押印する予定であったことが認められる。

以上の事実関係によれば、原告と被告は、正式な雇用契約書に署名押印するには至っていないものの、雇用期間、就業場所、業務内容、就業時間、残業の有無、休日、賃金、賃金の支払方法、賞与及び退職金の有無等の詳細な勤務条件につき合意するに至っており、かかる合意につき労働契約の成立に欠けるところはないというべきである。そうすると、遅くとも同年10月13日には、原被告間においていわゆる内定が成立したというべきであり、上記事実関係に照らすと、その性質は、同年11月9日を始期とする始期付解約権留保付労働契約(内容は原告主張のとおり)であったと認めるのが相当である。

「これに対し、被告は、前記・・・のとおり主張するが、前記認定によれば、cは、同年10月7日付けのメールで、週5日又は週6日勤務の各選択時の年間休日日数として、『週5日:130日、週6:105日(若干の誤差がある可能性はありますがカレンダーに基づきます。)』と提示していること、原告も、同月13日に改めて内定を受諾する旨を通知した際、『週6日勤務2年目以降は隔週土曜日休み(1年目は最低年間休日日数を105日程度とし、個別に定める)等であれば疑問がございません』と念押ししていること等に照らすと、原被告間においては、週6日勤務、年間休日日数105日程度とする合意が成立したと認めるのが相当であり、また、被告が原告に対して本件出社を求めたのは、入社手続及び正式な雇用契約書を作成するためであり、年間休日日数及び給与条件等につき協議や合意形成をするためであったとは認められないから、被告の上記主張は採用できない。」

3.受諾してしまっていれば、入社当日、別の契約書を見せられても争える

 上述のとおり、裁判所は、採用内定の成立を認めました。

 それまで無期労働契約の締結を示唆しながら、突然、期間の定めのある雇用契約書を示すという手法は、実務上、それなりに目にします。

 このような場合、過去に内定を受諾する旨の意思を表示していれば、その時点で労働契約が成立しているとして、雇用契約書の取り交わしを断っても、労働契約上の権利を主張できることがあります。

 本件は、事前に明示された労働条件と、出社初日に見せられた雇用契約書の内容が齟齬している場合において、採用内定法理の活用の可能性を示した点で参考になります。