弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

人材紹介会社・ヘッドハンティング業者の言葉を信じるのは慎重に-職種限定合意の否定例

1.人材紹介会社・ヘッドハンティング業者が介在している労働契約

 労働事件を処理していて思うことの一つに、人材紹介会社・ヘッドハンティング業者(人材紹介会社等)の問題があります。

 具体的に言うと、転職を勧誘する時に、誤解を招くような言動をとっていることです。例えば、不安定雇用なのに安定しているかのように見せかけたり、別部署への配転があり得るのに所属や部署を特定しているかのような話ぶりをしたりしていることがあります。私が相談や事件処理を通じて見聞きするだけでも結構な頻度に及ぶため、こうした例は数多く存在しているのではないかと思います。

 この問題の厄介なところは、歯の浮くようなセリフを言っているのが、就職先の会社ではなく、飽くまでも人材紹介会社等であることです。問題の言動を労働契約の内容の解釈に取り入れようとすると、就職先の会社は、大抵、

人材紹介会社等の言動など、関知するところではない、

という態度をとります。

 人材紹介会社等を利用しているのは自分達なのであるから、説明が不正確であったことに伴うリスクは就職先の方で引き取るべきではないのかと思うのですが、個人的経験の範囲でいうと、そうした主張に対する裁判所の食いつきは芳しくありません。

 近時公刊された判例集にも、ヘッドハンティング会社の言葉を受けて転職したものの、職種限定合意の成立が否定され、希望しない部署で働くことを余儀なくされた裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介している、東京地判令5.1.30労働経済判例速報2524-28 ちふれホールディングス事件です。

2.ちふれホールディングス事件

 本件で被告になったのは、化粧品の開発、製造、販売等を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で、所属及び職務を「経営企画部 中国市場担当課 副課長」とする雇用契約(本件雇用契約)を締結し、被告のアジア市場部に所属していた方です。

「『Aさんの言動は目に余るものを感じている』と記載された第三者宛てのメールをA氏本人も含め送信する行為」(Aに対する行為)

「平成30年6月から同年11月までの間の就業日・就業時間に関係なく、公私混同し、指摘領域に踏み込むような内容の連絡を何度も送信する行為」(Bに対する行為)

などがパワーハラスメントにあたるとして譴責処分を受け(本件譴責処分)、その後、社長室への配転を命じられました(本件配転命令)。

 このような経過のもと、原告が、被告に対し、

譴責処分が無効であることの確認、

社長室で勤務する雇用契約上の義務がないこと、

海外事業部への配転、

を求め、訴訟提起したのが本件です。

 社長で勤務する雇用契約上の義務がないこと・海外事業部への配転を求めることの根拠として原告が主張したのが、職種限定契約の存在です。

 原告は、

「原告は、平成24年9月頃にいわゆるヘッドハンティングを受けて被告と雇用契約を締結したところ、ヘッドハンティング会社との面接は○○ホテルで、被告との面接は東京の△△ホテルで行われ、面接会場までの交通費や転職に伴う転居費用も支払われたうえ、原告が被告の取締役らに対して行った中華人民共和国(以下『中国』という。)におけるビジネス展開に関するプレゼンテーションの内容も考慮されて、原告が採用されたことからすると、海外での事業に関する原告の専門性が評価されて採用に至ったことは明らかである。その際、原告は、事前に海外部門以外の業務に就く可能性がある旨の説明を受けておらず、被告の採用希望日も考慮して、異動を命ずることがある旨記載された被告の就業規則を入手する前に前職を退職せざるを得なかった。」

「このような採用の経緯に照らすと、原告と被告との間には、原告を海外事業部に勤務させるとの黙示的な職種限定合意が成立していたというべきである。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、職種限定契約の成立を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、株式会社Hの海外事業部に勤務していたところ、平成24年4月9日、株式会社I(以下「I」という。)の従業員から、『創業60年を迎える大手化粧品メーカー』が中国事業を強化すべく『海外販売部』の部長を探しており、一度相談させていただきたい旨記載された電子メールを受信した。」

「その後原告は、同年7月頃、○○ホテルでIとの面接を、△△ホテルで被告との面接を受け、中国での事業展開に関する提案内容を発表するなどしたところ、同年8月3日付けで、被告から、所属及び職務を『経営企画部 中国市場担当課 副課長』とし、『本通知書に記載なき事項は、当社就業規則に従います。』と記載された採用内定通知書を交付され、被告との間で本件雇用契約を締結した。」

(中略)

「原告が、Iから、『海外事業部』の部長への転職について相談させていただきたい旨の電子メールを受信し、被告への転職活動を開始したこと、原告が、被告への転職に関する面接において、中国での事業展開に関する提案内容を発表し、その後本件雇用契約を締結するに至ったことは、原告の前記主張に沿うといえなくもない。」

「しかし、原告が被告から交付された採用内定通知書(書証略)には、所属先及び職務内容を『経営企画部 中国市場担当課 副課長』とする旨記載されているのみで、原告の所属先及び職務内容を何らかの海外事業を担当する部署や職務に限定する旨は記載されていない。また、同通知書には『本通知書に記載なき事項は、当社就業規則に従います。』と記載され、これを受けた被告の就業規則においては、被告が業務の都合により従業員に対して人事上の異動を命ずることがあり、人事異動を命ぜられた者は原則これを拒むことはできない者と定められている・・・。これらの事情も併せ考慮すると、原告の所属先及び職務内容を何らかの海外事業を担当する部署や職務に限定することについて、原告と被告との間で合意が成立していたとは認め難い。」

「なお、原告は、事前に海外事業部以外の業務に就く可能性がある旨の説明を受けておらず、また、被告の就業規則を入手する前に前職を退職せざるを得なかった旨主張しているが、仮にこれらの事情が認められるとしても、人事上の異動を命ずることがある旨の前記就業規則の定めは合理的なものであって、原告への説明や原告からの同意がなくとも、本件雇用契約の定める労働条件の一部になったというべきであるから、当該就業規則の定めに反して前記のような合意が成立したとも認められない。」

「そうすると、原告の主張する職種限定合意は、明示的にも黙示的にも成立していたとは認められないから、原告の前記主張は採用することができない。」

3.就職先の就業規則等はきちんと確認すること

 個人的な感覚として言うと、本件のような経緯であれば、黙示的な職種限定合意が認められてもおかしくないように思います。

 しかし、裁判所はドライで、職種限定合意の成立をあっさりと否定しました。

 このような姿勢をとる裁判例がある以上、労働者はヘッドハンティング業者等が絡む転職案件でも、あまり自分が特別扱いされるとは思わない方がいいです。転職するにあたっては、前職を辞める前に、就業規則の閲覧も含め、転職先の労働条件をきちんと確認しておくことが必要です。