1.解雇回避努力とアップ オア アウト(up or out)文化
整理解雇の可否を判断するにあたっては、解雇回避努力(解雇以外の人員削減手段を用いて解雇をできる限り回避すること)が求められます。
職種限定や勤務地限定のない労働者については、解雇回避のための配転・出向等を広く行うことが求められます。他方、職種限定や勤務地限定のある労働者に対して、限定の範囲を超えた配転・出向等の提案をする必要があるのかには議論があります(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕944-945頁参照。なお、水町教授は「労働契約上の限定範囲を超えた配転や出向を提案することを含めて、できる限りの解雇回避努力を行うことが使用者には求められる。」との見解を提唱しています)。
この職種限定・勤務地限定のない労働者と、職種限定・勤務地限定のある労働者との中間に位置する存在として、高収入を売りにしている外資系企業で高い職位にいる労働者があります。外資系企業といっても、その日本法人の就業規則には、多くの日系企業と同様、労働者に対して広範な配転命令権を有することが規定されています。しかし、この種の外資系企業には、アップ オア アウト(up or out)という文化が存在します。これは昇進できなければ退職するという企業文化を指す用語です。就業規則の規定上、広範な配転命令権があったとしても、外資系企業は配転命令権を行使することなく退職を勧奨してきますし、労働者の側も、配転されることを期待していない/配転で不本意な仕事につかされるくらいなら辞めて他社に行くと思っている方が少なくありません。法的には職種・勤務地限定がないものの、事実上職種・勤務地限定があるかのような意識が持たれているという意味において、彼ら・彼女らは中間的な存在と位置付けられるのです。
それでは、こうした方々に対して整理解雇が行われる場合、解雇回避のために配転・出向等を検討・実施すべき使用者の義務は、どのように理解されるのでしょうか?
昨日ご紹介した東京地裁令3.12.13労働経済判例速報2478-18 バークレイズ証券事件は、この問題との関係でも参考になる判断を示しています。
2.バークレイズ証券事件
本件で被告になったのは、世界的な金融グループであるバークレイズ・グループに属する株式会社です。
原告になったのは、被告と期間の定めのない労働契約を締結し、マネージング・ディレクター(MD)という最上位の職位にあった方です。賃金も高額で、基本給1638万円、追加固定求1680万円、住宅手当882万円の合計4200万円が支払われていました(年額)。被告から、
「会社の運営上または天変地変その他これに準ずるやむを得ない事由により、会社の縮小または部門の閉鎖等を行う必要が生じ、かつ他の職務への転換が困難なとき」
に該当することなどを理由に解雇されたことを受け、労働契約上の地位の確認や、解雇されて以降の賃金の支払を求める訴えを提起したのが本件です。
本件でも解雇の可否は整理解雇法理の枠組みに従って判断されました。興味深いと思ったのは、解雇回避努力に関して、次のような判断が示されているところです。なお、解雇の効力は否定されています。
(裁判所の判断)
「被告は、地位と職種を特定して従業員の採用を行っており、原則として被告の命令による一方的な配転は行わない旨を主張し、バークレイズ・グループの日本拠点の人事責任者を務める被告のP5人事部長及び被告代表者は、被告においてMDのポジションを削減することが決定された場合には、降格や賃金の減額を提示することなく、退職勧奨するのが慣行である旨を述べる。」
「しかしながら、原告は、平成17年に、職位としてはディレクター、役職としてはMTN部長として旧会社に採用されたものであり、当初からシンジケーション本部のMDとして採用されたものではない。また、本件において原被告間の労働契約書等は提出されておらず、原被告間の労働契約において、原告が従事すべき職務内容を限定する旨の合意があったと認めるに足りる証拠はない。さらに、前記前提事実・・・のとおり、被告の就業規則においては、MDであるか否かを問わず、社員に対し、業務の都合により、会社が一方的に就業場所、職務もしくは職務上の地位の変更を命ずることがある旨が規定されている・・・とともに、就業規則38条1項4号に基づく解雇は『他の職務への転換が困難なとき』にされると規定されているのであって、原被告間の労働契約においては、解雇に当たって、配置転換のみならず、職位の降格、さらには、これに伴う賃金や賞与の減額が検討されるべきことが予定されていたと認められる。」
「したがって、仮に、被告において、MDに対する退職勧奨に当たって、職位の降格や賃金の減額を検討しない慣行が存在するとしても、解雇に当たっても同様に解すべきであるとはいえず、原被告間の労働契約の内容に照らせば、本件解雇に当たっては、被告において、シンジケーション本部の人員構成ないし人件費をその収益に見合ったものにするという目的を達するため、職位の降格や賃金の減額等の措置を取ることができないか、検討する必要があったというべきである。」
3.一定の就業規則の文言を前提とするものではあるが・・・
本件の判断は、
「他の職務への転換が困難なとき」
が整理解雇要件として明示的に掲げられているという事実関係を前提とするものではあります。
それでも、up or out の慣行があるからといって、解雇回避措置として配転等を検討する義務は否定されないと判断されたことは、大きな意味があるように思われます。
外資系企業で働いているからといって、また、高給をもらっているからといって、一方的な解雇を受け入れなければならないことはありません。解雇に納得がいかないとお考えの方は、弁護士に相談してみると良いと思います。もちろん、当事務所でもご相談に応じさせて頂くことは可能です。