弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

精神保健福祉士の職種限定契約が否定された例

1.職種限定契約

 配転の効力を争う局面などにおいて、黙示的な職種限定契約の存否が問題になることがあります。「黙示的な」というのは、明示的な職種限定契約が認められる場合、そもそも使用者の側で合意と異なる仕事をさせようとしないことが多く、限定された職種以外の業務に従事する必要があるのかどうかが滅多に問題にならないからです。

 黙示的な職種限定契約は、専門性の高い職種において認められやすい傾向にあります。労働法の専門書にも、

「職務内容(職種)を限定する合意が認められやすい事例としては、病院等の検査技師、看護師など特殊な資格や技能を有する場合が多い。もっとも、資格を必要とする業務であっても、採用後に資格を取得し、その専門性がさほど高くない事案では、職種限定の合意の存在が否定されることもある。他方で、資格を要しない業務であっても、大学教員など専門性が高い業務に従事している場合や、当初の業務と配転先の業務の内容が大きく異なっている場合には、当初の業務について職種限定の合意があるとし、配転命令は合意の範囲を超えるものとされることがある」

と記述されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕494頁)。

 しかし、近時公刊された判例集に、精神保健福祉士の職種限定契約が否定された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、千葉地判令3.5.26労働判例1279-74学校法人埼玉医科大学事件です。

2.学校法人埼玉医科大学事件

 本件で被告になったのは、埼玉医科大学を設置、運営している学校法人です。

 原告になったのは、社会福祉士、精神保健福祉士等の資格を有し、平成16年4月1日に被告に採用された方です。

平成26年7月11日付け懲戒処分(出勤停止 本件懲戒処分1)により支給されなかった賃金の支払い、

平成27年10月20日付け懲戒処分(出勤停止 本件懲戒処分2)により支給されなかった賃金の支払い、

平成27年11月9日付けで解雇されたことに対し、その無効を理由とする地位確認請求、

などを求めました。

 職種限定契約の存否は、地位確認請求との関係で問題になりました。解雇の可否を判断するにあたり、精神保健福祉士業務と関連しない業務を行う意欲に欠けていたことの意味合いを評価する必要があったからです。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、職種限定契約の存在を否定しました。結論としても、解雇は有効だと判断しています。

(裁判所の判断)

「原告は、本件長期休業から復帰した後、本件相談室で勤務したわずか4か月の間に、3回にわたり15分以上の遅刻をし・・・、患者の個人情報等を扱っている本件相談室の施錠を2回怠り・・・、無銭飲食を行って本件懲戒処分1を受けた・・・後も、幾度となく遅刻をしたこと・・・が認められ、極めて勤怠不良であったといえる。そして、原告は、診療補助業務がPSW業務の付随的な業務であると考えており・・・、頻繁に外来書類や法定書類の管理等の業務でミスをし・・・、他のPSWに付きながら研修を受けているにもかかわらず、他のPSWの許可を得ずに、他部署が行っている園芸作業に参加したり・・・、30分間離席したり・・・していたこと、復帰に当たり、原告側から長期間の研修を希望し、本件研修が準備されたという経緯にもかかわらず、本件研修の研修期間や内容に不満を述べ、本件研修の中止を求めていたこと・・・、器材センターで行っていた単純作業についても、原告が行うべき業務ではないと考えており・・・、これらの単純作業が容易なものであり、作業手順と見本の交付を受けていたにもかかわらず、実際に使用することができない不良品の成果物が多数存在していたこと・・・からすれば、原告には、自身がPSW業務に関連しない又は重要ではないと考える業務を行う意欲が欠如していたと認められる。」

「したがって、原告の上記の就業状況は、著しく不良で就業に適さないと認められるから、本件就業規程26条2号イ所定の解雇事由が認められる。」

・原告の主張に対する判断

 「原告は、本件雇用契約において原告の職種が精神保健福祉士やPSWに限定されていたと主張し、同主張に沿う供述・・・をする。」

 「確かに原告は精神保健福祉士の資格を有しており・・・、被告が平成15年当時、精神保健福祉士の資格を有する人材を探していたこと、被告の当時の採用担当者が、MSW(医療ソーシャルワーカー 括弧内筆者)又はPSW(精神科ソーシャルワーカー 括弧内筆者)の不足を補う職員として原告を採用することとしたこと・・・が認められる。しかし、原告が、本件雇用契約を締結する際、被告の採用担当者から、原告の職種を精神保健福祉士やPSWに限定する旨の説明を受けたとは認められないことに加え、本件就業規程2条3項は、事務職員と医療技術職員を区別しており、別表第1において精神保健福祉士と社会福祉士は医療技術職員に分類されている・・・ところ、本件雇用契約の労働条件通知書には、原告の業務内容は事務職と記載されているのみであり、医療技術職員との記載も、職種が精神保健福祉士やPSW、事務職に限定される旨の記載もなかったこと・・・、原告は、本件雇用契約締結から5か月間は、MSWとして勤務をしており、PSW業務を行っていなかったこと・・・からすれば、本件雇用契約において、原告の職種が精神保健福祉士やPSWに限定されていたとは考え難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

「したがって、本件雇用契約において原告の職種が精神保健福祉士やPSWに限定されていたと認めることはできない。」

3.専門性の高さだけで決まるわけではない

 精神保健福祉士は精神保健福祉士法に根拠のある国家資格で、高い専門性を有する仕事の一つです。

 しかし、裁判所は、職種限定合意の存在を否定しました。

 専門性は黙示的な職種限定合意の存在を認定するための重要な要素です。しかし、それだけで黙示的な 職種限定合意の存在が認められるわけではありません。黙示的な職種限定合意の存在を立証するにあたっては、従事している業務の専門性の高さだけではなく、就労実体まで踏み込んで行く必要があります。

 本件は、黙示の職種限定合意の存在を立証するにあたり、業務の専門性以外の検討のポイントを示唆する裁判例としても参考になります。