弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

多義的な事実への向き合い方-どの利益を選択するのか?

1.有利なのか不利なのか?

 労働事件の相談に限ったことではありませんが、法律相談をしていると、

「有利ですか、不利ですか?」

という質問を受けることがあります。

 しかし、このような問いを投げかけられても、回答困難であることが殆どです。なぜなら、事実は多義的であることが多いからです。

 ある獲得目標との関係では有利であったとしても、他の権利利益の実現との関係では不利であるということは、往々にして発生します。そのため、

「有利ですか、不利ですか?」

という問いに対しては、大抵の場合、

「何を実現したいのかによります。」

としか答えることができません。

 昨日ご紹介した東京地判令4.2.2労働経済判例速報2485-23 欧州連合事件は、この「事実の多義性」という問題を理解する好例となる裁判例でもあります。

2.欧州連合事件

 本件で被告になったのは、欧州連合の駐日代表部です。

 原告になったのは、被告と「非加盟国の任務を行う現地職員の雇用契約」(本件雇用契約)を交わし、期間の定めなく、広報官として、給与月額54万8091円で働いていた方です(後に月額73万7965円に増額)。求められる能力に達していないことなどを理由に平成28年1月27日付けで解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件では結論において解雇が肯定されていますが、ここでは、

公平な評価がされていないと不服を述べていた事実、

職種や業務内容が限定されていた事実、

がそれぞれどのように評価されたのかを見てみようと思います。

 判決理由中で、各事実は、それぞれ、次のとおり評価されています。

(裁判所の判断)

・公正な評価がされていないと不服を述べていた事実

「前記認定事実によれば、代表部は、原告に対し、平成21年5月12日付けで、組織におけるチームの一員として業務を遂行するために、必要な改善を求める旨を記載した通知書を交付し、同年12月7日、原告に対して勤務態度の問題点等を指摘するなど、採用当初から原告の勤務態度について繰り返し注意、指導を行い、原告が主に担当していたウェブサイトの管理業務に関しても、平成23年2月、他の職員と密接に連絡を取り、協力して迅速に更新作業を行うことを電子メールにより指示していたことが認められる。また、代表部は、原告に対し、各年度の原告の業績について、評価報告書に具体的な改善点等に関するコメントを記載した上で、これを原告に対する面談において伝えており、平成26年には、原告の業務を改善するための業務遂行合意書を作成して具体的な業務上の課題を通じて、原告の業務遂行の改善に向けた指導を行っていたことが認められる。」

「それにもかかわらず、前記認定事実によれば、原告の平成24年度から平成26年度の評価は低下し続けていることに加え、原告は、被告からの注意、指導に対して改善の姿勢を示さず、かえって、公平な評価がされていないとして反抗的な態度を示していることからすれば、被告の注意、指導により、原告の勤務態度の改善が期待できるものとは認められない。

「したがって、原告の職務遂行に対する適格性の欠如は、注意、指導によっても改善することが期待できない重大な程度に達しているというべきである。」

・職種や業務内容が限定されていた事実

「原告は、仮に原告の業務遂行能力に問題があったとしても、被告は、解雇に先立ち配置転換又は譴責、降格等の懲戒処分を行うべきであり、解雇の処分を行うことは不相当である旨主張する。」

「しかしながら、前記認定事実によれば、原告は、本件雇用契約において職種及び業務内容を定めて契約を締結したものであり、同業務の遂行に問題がある場合、配置転換を行うことが想定されているものではなく、また、原告に求められる職務遂行能力の程度に鑑みれば、指導等による改善が想定されているということもできない。また、前記・・・において説示したとおり、被告は本件解雇に先立ち繰り返し、注意、指導を行っており、原告の職務遂行への不適格性は重大な程度に達しているといえることからすれば、原告に対しての懲戒処分等の措置をとることにより、職務遂行能力の改善が期待されるものとも認められない。」

「したがって、解雇に先立ち配置転換又は譴責、降格等の懲戒処分がされていないとしても、本件解雇が社会的に不相当ということはできない。」

3.どの利益を選択し、どの利益を捨てるのか

 働いている中で日々迫られる選択は、

「どの利益を選択し、どの利益を捨てるのか」

ということの積み重ねです。

 「公正な評価がされていないと不服を述べていた事実」について言えば、後になって評価の妥当性を争う上では有利な事実としてカウントされます。不服を述べていないことを時間が経過した後になって蒸し返すのは非常に困難です。しかし、解雇の適法性の考慮要素である「改善の機会の有無」というチェック項目との関係では不利にカウントされます。使用者の評価に一定の合理性が認められる場合、素直さや柔軟性がないという評価に繋がるからです。

 「職種や業務内容が限定されていた事実」について言えば、不本意な配転に抵抗することとの関係では、有利な事実としてカウントされます。しかし、解雇の効力を争うにあたっては、「配転可能性を検討しなくてもやむを得ない」という評価に繋がるため、不利にカウントされます。

 働くことは選択の連続であり、労働者は、日々「どのように行動するのか」についての意思決定を迫られています。意思決定にあたっては、抽象的に有利不利を考えても、あまり意味がありません。どの利益を掴み取ることに優先順位を置くのかを考え、そのこととの関係で有利なのか/不利なのかを考えることでしか適切な結論は出てきません。

 しかし、これは決して容易な判断ではありません。選択は時機を失せずに行う必要もあります。困ったときには、弁護士への相談も、ぜひ検討してみてください。