弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アシスタント待遇の労働者に高い能力を求めることが許されるのか?

1.勤務成績・態度の不良を理由とする解雇

 勤務成績・態度の不良を理由とする解雇は、

①使用者と当該労働者との労働契約上、その労働者に要求される職務の能力・勤務態度がどの程度のものか、②勤務成績、勤務態度の不良はどの程度か、③指導による改善の余地があるか、④他の労働者との取扱いに不均衡はないか等について、総合的に検討することになる。」

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕395頁)。

 上述の文献の記述からも分かるとおり、勤務成績・態度の不良を理由とする解雇の可否を判断するための議論は、先ず、当該労働契約において要求されている提供労務の水準や内容を定義するところから開始されます。

 それでは、

内部的なルールとして低いランクとして処遇しながら、

当該労働契約においては、高い専門性・高い能力が求められていた、

という一見矛盾した主張が成り立つ余地はあるでしょうか?

 従前、こうした問題は、あまり顕在化することはなかったように思われます。

 しかし、本邦の賃金水準は国際的に低下し、今やOECDの中でも中~下位に位置付けられています。

https://www.oecd.org/tokyo/statistics/average-wages-japanese-version.htm

 このような国内賃金の下落を受けてか、外資系企業の一部において、

自社の内部的なルールの中では低いランクとしてしか処遇していなかったにも関わらず、

いざ労働契約上の地位をめぐる紛争が顕在化すると、

本邦の賃金水準との比較においては十分に高水準の賃金を提示している

などと称し、高い水準での労務提供が予定されていたと主張する例がみられます。

 このような一種排反する主張は許されるのかというのが今回のテーマです。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.2.2労働経済判例速報2485-23 欧州連合事件です。

2.欧州連合事件

 本件で被告になったのは、欧州連合の駐日代表部です。

 原告になったのは、被告と「非加盟国の任務を行う現地職員の雇用契約」(本件雇用契約)を交わし、期間の定めなく、広報官として、給与月額54万8091円で働いていた方です(後に月額73万7965円に増額)。求められる能力に達していないことなどを理由に平成28年1月27日付けで解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 勤務成績不良等を理由とする解雇紛争の類例に漏れず、この事件でも、本件雇用契約において想定されていた提供労務の水準をどのように認定するのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「代表部において、広報部はスポークスマンの役割を果たし、被告やその政策に対する理解を日本に広める役割を有していたところ・・・、ウェブサイトやソーシャルメディアは重要な情報発信の手段であり、広報官としての原告の役割は当然に重要なものであることに加え、前記・・・のとおり、募集要項において、2年以上のウェブサイト管理の経験を含む5年以上の実務経験がある旨の記載がされていたことや、原告の給与額が一般的には高額なものといえること等の事情も考慮すれば、原告は、相当の実務経験を有する中途採用者として、主にウェブサイトに関する高度な専門性に加え、組織内の秩序に従い、他の職員と協働して業務を行う高い能力が求められていたというべきである。」

これに対し、原告は、被告における内部ルール及び給与等の待遇面では、アシスタントの待遇であった旨主張する。しかしながら、前記・・・において説示したとおり、原告の地位、役割及び原告に求められる能力は、本件雇用契約におけるこれらに関する定めや、契約締結に至る経緯等の事情から認められるものであり、原告の給与や内部ルールにおける待遇がアシスタントと同程度であったことにより左右されるものではない。したがって、原告の主張は、採用することができない。

3.内部的に低いランクに位置付けている労働者に高い能力を求めるのは背理では 

 主観的に安上がりな労働力として使っておきながら、いざ紛争が顕在化すると実は高い能力が求められていたというのはいかにもご都合主義的であり、このような主張が許されることには疑問を覚えます。

 しかし、裁判所は、上述のとおり、アシスタント待遇の労働者に高い能力を求めることも問題ないと判示しました。違和感は覚えますが、裁判所がこうした認定をしたことは、今後、十分に留意しておく必要があるように思われます。