弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

身の回りの世話をする契約(多様な業務に従事する契約)の労働契約性

1.身の回りの世話をする契約

 業務委託契約を交わして働いている業務受託者(個人事業主)と労働契約を交わして働いている労働者とでは、法的な立場が全く異なります。より具体的に言うと、労働者は業務受託者よりも、遥かに手厚い保護を受けています。

 例えば、使用者からの一方的な契約の解除は、解雇権濫用法理(労働契約法16条)によって厳しく制限されています。これに対し、業務委託者からの契約の解除は、いつでも無理由で行えるのが原則とされています(民法651条1項)。昨年、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(いわゆるフリーランス法)が成立し、一定の類型の業務受託者に対して契約の解除を行うには30日以上の予告期間を置くことが原則化されましたが(フリーランス法16条1項 なお、施行日は令和6年11月1日で本日現在未施行)、契約解除からの法的保護は、せいぜいこの程度です。
 こうした差異があることから、業務委託契約は、しばしば労働法の適用を逃れるための便法として用いられがちです。

 そのため、労働契約性(ある契約が労働契約なのか/業務委託契約なのか)や労働者性(ある働き方をしている人が業務受託者(個人事業主)なのか/労働者なのか)は、労働事件では頻出の争点となっています。
 この労働契約性、労働者性との関係で、本日は近時公刊された判例集に掲載されていた「身の回りの世話をする契約」の法的性質が問題になった事案を紹介します。取り上げる裁判例は、東京地判令5.12.22労働判例ジャーナル149-60 解雇無効地位確認等請求事件です。

2.解雇無効地位確認等請求事件

 本件で被告になったのは、東京都で区議会議員をしていた方です。

 原告になったのは、被告と同じ政党に所属し、被告の業務に従事する契約(本件契約)を締結し、身の回りの世話をするなどの業務に従事していた方です。被告とトラブルになり、示凶器脅迫行為に及んだことを理由に契約を終了させられたことを受け、

本件契約は労働契約である、

契約の終了の通知は解雇であるところ、この解雇は無効である、

などと主張し、訴えを提起したのが本件です。

 被告側は、

「本件契約は、病気で外出が困難な被告のために被告の身の回りの世話をすることを事務の内容とする準委任契約である。すなわち、原告は、自身の選挙活動や帰省などの私的な都合で業務を休んだり、被告の昼食の後片付け後に業務がないときは自由に外出するなど、被告の依頼に対する諾否の自由も一定程度あり、所定業務時間中に常に被告の指揮命令に服するものではなかった。また、報酬額35万円は、被告の身の回りの世話をするという業務の対価としては高額であったし、原告が業務を休んだり、昼食後に帰っても減額されることはなかった。」

と本件契約の労働契約性を争いました。

 裁判所は結論として解雇の有効性こそ認めたものの、次のとおり述べて、本件契約の労働契約性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、かねて被告に雇用され、令和元年8月頃まで、被告の付き人として、政治活動の手伝いなどの業務に従事していた・・・。」

「原告は、令和2年5月22日、再び被告の下で従事することになったが、その際、被告との間で、勤務開始日を同年7月5日、勤務場所を被告の住居兼事務所、給与を月額35万円、休日を週休2日(土日休み)、勤務時間を午前8時30分から午後7時までとすることなどを記載した書面を取り交わした。また、原告と被告は、本件契約を締結するに際し、被告の身の回りの世話を行うことのほかに、原告が担当する業務の内容について具体的に特定することはなく、上記書面にも業務内容の記載はなかった。」

(中略)

「労働契約法は、『労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する』(同法6条)ものと規定し、上記の『労働者』を『使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。』(同法2条1項)と定めていることに照らせば、同法2条1項所定の『労働者』とは、使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金の支払を受ける者をいうと解されるから、原告が『労働者』に当たるか否か及び本件契約が労働契約に該当するか否かは、本件契約の内容、本件契約に基づく原告の労務提供の実態等に照らし、原告が被告の指揮監督下において労務を提供し、当該労務提供の対価として償金を得ていたといえるか否か(原告と被告との間に使用従属関係が存在するといえるか否か)という観点から判断するのが相当である。」

「上記の判断枠組みを踏まえ、原告が『労働者』に該当するか(原告と被告との間に使用従属関係が存在するといえるか)について、以下検討する。」

前記第2の2の前提事実及び前記1の認定事実(以下、これらを併せて『前提事実等』という。)のとおり、原告の業務内容は、契約締結時において具体的に特定されておらず、実際にも、原告は、被告が準委任契約における委託事務として主張する被告のマッサージや昼食の準備、居室の清掃、自動車の運転及び洗車等の被告の身の回りの世話のほかにも、被告が経営していた貿易会社の業務、議員活動の補助、被告宛てのメールや電話への対応など、多岐にわたって行っており、原告は、被告の指示を受けながら、多様な業務を遂行していたものと認められる。

「また、原告は、被告の了承を得た上で、本件契約の所定業務時間中に自身の選挙活動等を行うことはあったものの、本件契約上、被告の意向に反してまで業務の指示や依頼を拒否することが許容されていたり、労務提供の代替性を有していたことをうかがわせる事情は認められない。

「さらに、前提事実等によれば、原告の出退勤や業務時間については、タイムカード等により厳密な管理はされておらず、原告は、被告の昼食の後片づけを終えた後は、原告自身の政治活動の勉強をしたり、ニュースを見たり、SNSに投稿するなど業務外のことをすることが可能であったことが認められるものの、本件契約上、勤務時間が午前8時30分から午後7時までと定められており、本件全証拠によっても、当日に行うべき業務が完了すれば所定終業時刻前であっても帰宅することが許容されていたと認めるに足りる的確な証拠はない。」

以上の諸事情を総合すれば、原告は、被告の指揮監督下において労務を提供していたというべきである。

「次に、本件契約における報酬についてみるに、前提事実等によれば、原告の業務は多岐にわたっていること、原告の報酬は、原告が行っていた業務の量及び内容にかかわらず、月例の固定額であったこと、被告も給与所得として源泉徴収をしていたことが認められ、これらの事情からすれば、原告への報酬は、特定の業務の実施という個別・特定の事務の遂行に対する対価としての性質というよりも、原告の提供する労務一般に対して支払われていたものと評価することができる。」

「加えて、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、原告の事業者性を基礎づける事情は認められず、かえって、前提事実等のとおり、本件契約に係る業務遂行に要する経費は被告が全て負担していたこと、被告の住居内に原告の就労場所として一室が用意されていたことが認められる。」

「以上のとおり、原告は、被告の指揮監督下において労務を提供していたというべきであり、本件契約における報酬も労務対償性があるということができるとともに、原告には事業者性を基礎づける事情は認めらないことを考慮すると、原告は労働契約法上の労働者であることが認められるから、原告と被告との間の本件契約は労働契約であるというべきである。」

3.業務の多様性

 上述のとおり、裁判所は、業務の多様性という部分に注目し、指揮監督下において労務を提供していたことや、報酬の労務対償性を認めました。

 今回、この裁判例を取り上げたのは、労働者性の判断要素である「諾否の自由」や「指揮命令」との関係です。 

 労働契約性、労働者性を判断するにあたっては、

仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、

業務遂行上の指揮監督の有無(業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無等)、

という要素との関係です。

 労働契約性、労働者性の判断は、

「昭和60年12月19日 労働基準法研究会報告 労働基準法の『労働者』の判断基準について」

という文書が実務に強い影響力を持っています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf

 諾否の自由や指揮命令の有無といった概念は、この文書において労働者性の考慮要素として位置付けられているものになります。

 しかし、

「諾否の自由がない」ことと「指揮命令がある」ことは同じことを意味しているのか、違うことを意味するのか、

諾否の自由がないというのは、どのような状態なのか、

指揮命令が及んでいるというのは、どのような状態なのか、

といった各要素の意味内容は、あまり良く分かっていません。裁判官毎の価値観のブレもあって、立証命題(何を立証すれば諾否の自由がなかったことになるのかなど)が非常に分かりにくくなっています。

 この裁判例の意義は、労働者性の論証との関係で、「業務の多様性」という部分に重要な役割を与えている点に特徴があります。

 業務委託契約の形を取りつつ受託業務が明確にされていない契約、受託業務以外の業務まで済し崩し的に処理を求められている契約は、実務上結構な頻度で目にします。こうした多様な業務に従事する契約・雑多な業務に従事する契約のもとで働いている人の労働者性を主張するにあたり、この裁判例の判断は参考になります。