弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

逮捕・勾留された場合、有給休暇でしのぎ切れるか?

1.逮捕・勾留された場合の職場対応

 逮捕・勾留されると、一定期間、身体拘束を受けることになります。当たり前ですが、身体拘束を受けると、職場に出勤することができなくなります。そのため、仕事を持っている人は、逮捕・勾留された場合、職場との関係をどのように折り合いをつけるのかが問題になります。

 逮捕・勾留されていることを知らせると、被疑事実が私生活上の出来事であったとしても、職場から何等かの処分を受ける可能性があります。冤罪を主張する場合であったとしても、職場から色眼鏡で見られることになるかも知れません。

 しかし、職場に対して何の連絡もとらないと、それはそれで無断欠勤として処分・解雇される危険性があります。

 こうした場合に有給休暇を活用する方法があります。有給休暇は目的の自由使用が保障されており、必ずしも利用目的を明らかにしなければならないわけではありません。そこで、有給休暇を使って当面の労務提供義務を消滅させ、その間に身体拘束からの解放を目指すという形で対応されることがあります。

 しかし、近時公刊された判例集に、こうした手法が万全でないことを示す裁判例が掲載されていました。東京地判令5.11.16労働経済判例速報2555-35シービーアールイーCMソリューションズ事件です。

2.シービーアールイーCMソリューションズ事件

 本件で被告になったのは、建築工事等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告においてアカウントリードの役職についていた試用期間中の労働者です。逮捕・勾留された後、代理人弁護士を通じ、

個人的な事情によって有給休暇を取得する、

有給休暇の残日数がなくなった後は振替休日を使用したい、

と連絡をしたものの、理由の開示が無い無断欠勤を認めることはできないとして、被告から解雇されてしまいました。これを受け、解雇の無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。なお、原告の方は、処分保留釈放となった後、不起訴とされています。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件逮捕勾留を受けた際、被告に対し、個人的事情によるものといった説明しかせず被告の承認を得ないまま5日半欠勤したことが認められる。」

「5日半の欠勤については、労働者の労働契約における最も基本的かつ重要な義務である就労義務を放棄したものとしてそれ自体重大な違反であるといえる。原告は、5日半の欠勤に先立ち有給休暇及び振替休日を取得しているものの、本件逮捕勾留という事の性質上、引継ぎ等がされたとは考え難いから、これらを含めれば、被告において、突然長期間不在となったことによって多大な迷惑を被りその穴を埋めるために対応を余儀なくされたことは明らかである。また、原告は、被告から欠勤について事情の説明を求められても、被告に対し、個人的事情によるものとしか説明していない。犯罪による身体拘束といった高度にプライバシーに関わる事項であるものの、それを知らない被告から欠勤について事情の説明を求められるのは当然である。原告は、本件解雇後、被告に対し、欠勤の理由が本件逮捕勾留であることを伝えているものの、それであれば欠勤する際に伝えるべきであり、本件逮捕勾留について被告に対し一切伝えないといった当時の対応は不適切であったといえる。原告は、被告において勤務を開始したばかりで被告との間の信頼関係を徐々に構築していく段階であったところ、被告に対し、欠勤の理由について個人的事情によるものとしか回答しない状態であったから、被告からすれば、原告の就労意思すら不明であるし、原告について仮に本採用をしても理由を明らかにしないで突然長期間の欠勤をする可能性がある無責任な人物と考えるのは当然である。これらによれば、原告の上記対応によって、原告と被告との間の労働契約の基礎となるべき信頼関係は毀損されたといえる。なお、原告の欠勤が逮捕勾留によるものと当時判明していなかった事実を考慮しても、不起訴処分後に起訴することは妨げられないこと、犯罪の内容等によっては逮捕勾留の事実も社会的に半ば有罪と同視されてマスコミ報道等で取り上げられ被告の社会的評価が毀損されることもあり得ることによれば、原告を本採用することは、被告においてなおさらリスクが高かったといえる。」

「これらについては、被告において、本件労働契約当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であるといえるし、被告において引き続き雇用しておくのが適当でないと判断することが相当であるともいえる。したがって、原告は、試用期間中の解雇事由に定めた就業規則における『正当な理由のない無断欠勤が3日以上に及んだ場合』・・・に該当するといえるし、欠勤すること自体の連絡があったことから『無断欠勤』とはいえないと解する余地があったとしても、少なくとも『社員としての本採用が不適当と認められた場合』・・・及び『その他前各号に準ずる程度の事由がある場合』に該当するといえる。」

(中略)

「原告は、本件逮捕勾留をされていることから、身体拘束を受けるだけの犯罪の嫌疑があったことは明らかであり、事後的に不起訴処分になったことによって直ちに本件逮捕勾留の適法性が左右されるものではない(なお、原告の不起訴理由が嫌疑不十分であることを認めるに足りる的確な証拠はない。)。また、原告は、本件逮捕勾留について罪名及び被疑事実すら明らかにしておらず、本件逮捕勾留が明らかな冤罪であり不当な身体拘束であるといったことを認めるに足りる具体的な主張立証はない。」

「したがって、本件逮捕勾留について原告が無責でありこれを考慮すべきではない旨の原告の主張は採用することはできない。」

3.身体拘束を受けた被疑者に厳しすぎるように思われるが・・・

 裁判所の判断は身体拘束を受けた人に対し、あまりにも厳しいように思います。有給休暇が目的を問わず自由に取得できることとの整合性をどのように理解しているのかも、今一良く分かりません。「不起訴理由が嫌疑不十分であることを認めるに足りる的確な証拠はない」「本件逮捕勾留が明らかな冤罪であり不当な身体拘束であるといったことを認めるに足りる具体的な主張立証はない」といった判示に対しては、立証責任をどのように捉えているのかという疑問も生じます。

 ただ、判断の妥当性に疑義はあるものの、こうした裁判例が存在すること自体は知識として押さえておく必要があります。逮捕・勾留された時の当面のしのぎ方として、有給休暇さえ取っておけば安心というわけにはならなそうです。