弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントを立証する場面で、秘密録音の総件数を明らかにするのか?

1.秘密録音の証拠価値

 録音はハラスメントを立証する有力な証拠になります。

 しかし、録音されていると分かっていながらハラスメントを行う人は、それほど多くはありません。そのため、ハラスメントの証拠を録音しようと思った場合、基本的には秘密録音(相手方に録音していると告げないで録音すること)を試みることになります。

 そして、ハラスメントを問題にする訴訟では、このようにして取得した秘密録音を証拠として提出して行くことになります。

 しかし、相手方に秘密で録音しているわけですから、それこそ毎日のようにハラスメントが行われていたようなケースを除き、常に不穏当な言動を記録できるわけではありません。

 それでは、この不穏当な言動が記録されているわけではない「使えない録音」は、訴訟においてどのような意味合いを持ってくるのでしょうか?

 昨日紹介した、東京地判令5.2.3労働判例1312-66 ハイデイ日高事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.ハイデイ日高事件

 本件の当事者は、いずれも中華・ラーメン店(本件店舗)の従業員として勤務していた方です。同僚である被告の言動が職場いじめにあたるとして、原告が被告に対して損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の原告は、店舗の従業員が共同で使用していた休憩室内での秘密録音を用いて、いじめ行為の立証を試みました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「被告は、平成29年3月14日、本件店舗の休憩室において、原告について『いやだ、いやだ、あんなの。あーあ。むかつくぜ、ほんとにあいつ』等と述べ(行為4の1)、同月28日、本件店舗の休憩室において、『大っ嫌いだ、大っ嫌い』、『みんなに嫌われてるのに気づかねえのかなあ。』等と発言した(行為4の2)のであって・・・、原告について否定的な感想、意見を述べたことは否定できない。』

「しかしながら、被告の発言は、『いやだ』、『気持ち悪い』、『大っ嫌い』等と主として被告の原告に対する主観的な感情・評価を吐露するものにすぎず、原告に係る個別具体的な事実を摘示し、これにより原告が社会から受ける客観的な評価を低下させるようなものであったとはいえないし、具体的な事実に基づく論評・評価に当たるものであったともいえない。そして、原告は、被告が出勤する日はほぼ毎日のように録音し、その数は500件以上であるところ(原告本人)、被告の発言中、原告に対する否定的評価が含まれるものは上記2日間のものに限られ、本件全証拠を精査しても、被告による継続的な言動があったと認めるに足りないし、いずれも原告不在の本件店舗の休憩室における一時的な会話であり、原告が秘密録音したことによって、原告の知るところとなったにすぎないのである。このような行為4の1及び行為4の2に係る具体的な状況を踏まえてみると、これが原告に対する不法行為に当たるものとまでは解されない。

3.少なくとも原告側から進んで「使えない録音」の存在は匂わせない方がいい

 本件の原告の方が、録音件数が500件以上に及ぶと供述した経緯は、判決文からは分かりません。これが被告からの反対尋問で引き出されたものであれば、仕方がない面があります。裁判では嘘をつくことが禁止されているからです(聞かれない時に黙っているのは問題ありません)。

 しかし、仮に、何らかの機会に自発的に主張、供述したのだとすれば、これは止めておいた方が良かったということになります。

 ハラスメントの裁判をすると、被害の大きさを強調したいと思う方は少なくありません。それは普通の方の感覚として当然のことです。しかし、一般に弁護士は立証可能性を考えて証拠をピックアップしています。そうして問題行為を厳選している時に、「他にもあります」と言って「使えない録音」の存在を匂わせてしまうと、意図しない形で不利益な証拠評価を受ける危険があります。

 本裁判例は「使えない録音」がある場合の尋問対応を考えるにあたり、実務上参考になります。