弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

医局の法的性質 法人の一部門か? 私的団体か?

1.医局とは

 医師の方からの労働相談を受けていると、しばしば「医局」という言葉を耳にします。法令用語ではなく、明確な定義はありませんが、一般に、

「医学部や歯学部の付属病院の教授を頂点としたピラミッド型の組織のことです。内科や外科、産婦人科など診療科ごとにわかれ、教授や准教授、講師、助教、医員、大学院生、研修医といったメンバーで構成されています。医師免許を取得した医師の多くが、医局に入ります。」

などと説明されています。

【そもそも解説】大学病院の医局、どんな組織? なぜ医師は所属する:朝日新聞デジタル

 それでは、この「医局」は、法的にどのようなものと理解されるのでしょうか?

 大学(国立大学法人、学校法人)の一部門という位置付けになるのでしょうか? それとも、単なる任意団体・私的団体にすぎないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.11.9労働判例1312-70 国立大学法人東京大学事件です。

2.国立大学法人東京大学事件

 本件で被告になったのは、東京大学医学部附属病院を設置している国立大学法人です。

 原告になったのは、医師の方です。入局試験を受けて合格し、東京大学の医局への入局が内定していました。

 しかし、内定取消を受けたことから、医局は東京大学(被告)と一体であり、一部門を構成しているとして、被告に対して地位確認を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件の原告は、医局が被告の一部門であることの根拠として、内規等を指摘しながら、次のとおり主張しました。

(原告の主張)

「本件内規1項には『医局員に大学助手postを提供する。』,『大学post(講師,助教)を提供する。』,『任期は講師,助教共2年とする。再任を妨げない。』とされており,これによれば,本件医局が,被告の講師,助教,大学助手等のポストを事実上決めているものといえる。」

「本件内規4項によれば,本件医局の医局員は,大学の諸設備,研究費を利用し得るという権利も与えられている。」

「原告は,平成20年1月頃,本件医局への入局を本件医局の医局総会で承認された頃,同年4月からの勤務先の希望を記載する用紙を渡され,その用紙に希望を記載して提出したところ,口頭で,当初半年間はE病院で勤務し,その後はC病院で勤務すると伝えられ,その後,平成20年4月から同年9月までE病院,同年10月から平成21年3月までC病院で勤務と記載された人事表を交付された。このようなことを本件医局が被告に無断で行えるはずがない。」

「本件医局に入局するためには,事実上,A大学医学部の教授の決裁を要する。」

「本件医局の事務局も,A大学医学部整形外科学教室内に置かれている。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、医局は大学の一部門ではないと判示しました。結論としても、原告の請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

「原告は,前記のとおり,本件医局は被告と一体であって被告の一部門というべきであり,本件医局への内定は,被告との雇用契約の内定に当たる旨主張する。」

「しかし,前提事実および証拠・・・によれば,本件医局は,会員相互の親睦をはかり,資質の向上に努め,関係活動および情報提供をなし,A大整形外科の発展に資することを目的とする私的な団体であること,被告は,組織図上本件医局を被告の一部門と位置付けていないことが認められる。」

確かに,原告が平成20年4月から同年9月までE病院,同年10月から平成21年3月までC病院に勤務と記載された人事表を交付されるなどしたことは,当事者間に争いがないが,本件医局がE病院の任命権者であるはずもないことからすれば,これはあっせんする就職先を提示したものと解するほかなく,本件医局が行っていることは飽くまでも就職の仲介,あっせんにとどまるものと認められる。また,前提事実によれば,本件内規において『大学助手postを提供する』などと定められていること,本件内規4項によって本件医局の医局員は,大学の諸設備,研究費を利用し得るという権利が与えられていること,本件医局の事務局がA大学医学部整形外科学教室内に置かれていることが認められるが,これらは本件医局がA大整形外科の発展に資することを目的とする医師による私的な団体であるというその性格に基づくものといえ,これをもって,本件医局が被告と一体であって被告の一部門であると認めることはできない。また,証拠・・・によれば,本件医局への入局の内定を通知する書面には,本件医局の医局長だけでなくA大学医学部整形外科の教授も連名となっていることが認められるが,同書面は,『A大医学部附属病院専門研修プログラム』参加に関する書面も兼ねていることも認められることからすれば,これをもって,本件医局が被告と一体であって被告の一部門であると認めることはできない。また,証拠(乙1)によれば,原告は,令和3年4月30日,F A大学大学院医学系研究科外科学専攻整形外科学教授(以下『F教授』という。)に対し,趣旨を図りかねるメールを1日だけで29通も送信していることが認められ,原告が送信したメールに対するF教授の応答の内容は上記認定を左右するものではない。その他原告が主張する他の事実が仮に認められたとしても,本件医局が被告と一体であって被告の一部門であると認めるに足りるものではない。

「以上によれば,本件医局が被告と一体であって被告の一部門であると認めることはできず,本件医局への内定が被告との雇用契約の内定に当たるということもできない。」

3.外側から見ていると一部門にしか見えないが・・・

 私のような外部の者(非医師)の感覚からすると、医局は大学病院の一部門にしか見えません(法律相談を受けて話を聞いていると、やはりそう感じます)。

 しかし、裁判所は、医局は飽くまでも医師による私的団体であり、法人の一部門でははないと判示しました。医局の法的性質について判示した珍しい裁判例として、実務上参考になります。