1.ハラスメントの慰謝料
このブログで折に触れて言及しているとおり、本邦の司法にはハラスメント慰謝料が低すぎるという問題があります。
近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地立川支判令6.2.9労働判例ジャーナル150-26 JYU-KEN事件も、そうした問題を浮かび上がらせる事例の一つです。
2.JYU-KEN事件
本件で被告になったのは、不動産の売買、賃貸、管理及び受託不動産の活用企画業務等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告で不動産営業職として働いていた方です。被告を退職した後、未払の時間外勤務手当の支払い等を求めて提訴したのが本件です。
本件では時間外勤務手当等のほか、パワーハラスメントを理由とする慰謝料請求が併合されていました。
本日、注目したいのは、慰謝料請求に関する裁判所の判示です。
裁判所は、次のとおり述べて、上司である被告取締役P3の言動に違法性を認め、被告に対し慰謝料30万円の支払を命じました。
(裁判所の判断)
「訴外P3が原告に対して、令和2年4月24日、同年5月6日及び同年6月16日に、別紙1『発言内容一覧』のとおりの発言をしたことについては当事者間に争いはなく、そのうち1日は、原告と訴外P3のほか、他の取締役である訴外P4がおり、他の従業員も原告らの話が聞こえる場にいたことについても当事者間に特に争いはないものと認められる。」
「訴外P3の発言内容は、『殴っていい』『くそじゃん。お前。』など、原告の人格を否定し、時に身体に対する危険を感じさせるものであり、業務指揮権の範囲を超え、社会通念上許される範囲を逸脱し、原告の人格権を侵害するものと認められ、全体として原告に対する不法行為を構成するというべきである。」
「これに対し、被告は、原告が令和2年4月頃から反抗的になり、原告が退職を見据えて訴外P3を煽った側面もあり、そのような経緯の中での発言であるから不法行為には該当しない旨主張する。」
「しかし、令和2年4月9日を含む訴外P3と原告との会話の状況(甲8から12)によっても、これらが原告において訴外P3に秘して会話内容を録音したものであることを考慮しても、原告が訴外P3を煽ったとまでは認められず、他に、原告が訴外P3を煽ったことを裏付ける証拠は見当たらない。」
「被告の主張は採ることができない。」
「そこで次に、原告が被った損害について検討する。」
「訴外P3の原告に対する発言は、前記のとおり、『殴っていい?』『ぶち殺すぞお前。』などと暴力を思わせる内容や、原告の子に父親である原告の能力が低いことを告げることを意図した内容など、原告の人格を非難し、その尊厳を攻撃する内容といえ、これにより原告が被った精神的苦痛は軽くはない。」
「しかしながら、訴外P3の発言行為は、令和2年4月24から同年6月16日までの2か月弱のうちに、3日間にとどまっていること、訴外P3以外の従業員が周囲にいたのは、令和2年6月16日の19時23分からの発言時のみであり、その人数も、原告と話をしていた訴外P4及び他の従業員の2名のみである。そして、訴外P3の原告に対するパワーハラスメントが日常的に行われていたことを裏付ける証拠までは見当たらず、原告が訴外P3の発言により、体調を崩したなどの事情もうかがわれない。」
「これらの事情によれば、原告が被った精神的苦痛は、30万円と認めるのが相当である。」
3.身体的加害行為、子どもを巻き込んでの侮辱
「殴っていい?」「ぶち殺すぞお前」などの発言は、ハラスメントというよりも、最早、犯罪(刑法222条 脅迫罪)の域に達しています。
また、
原告の子に父親である原告の能力が低いことを告げることを意図した内容
の言葉を告げるというのも、相当に問題があるように思われます。
しかし、裁判所が認定した慰謝料は、30万円でしかありませんでした。
裁判所は
「パワーハラスメントが日常的に行われていたことを裏付ける証拠までは見当たらず」
と言いますが、こうした言葉を使っている方が、常日頃は優しいということは、常識的ではないように思われます。
やはり、この慰謝料水準の低さは、問題だと言わざるを得ません。