1.慰謝料に冷淡なのはセクハラも同じ
一昨日、
従業員を何度となくバカと罵ることが業務の範囲を超えないとされたうえ、多数回頭を小突く・足を蹴とばすなどの身体的暴力の慰謝料が僅か5万円とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
という記事を書きました。
この記事の中で、裁判所が、ハラスメントに冷淡であることをお話しました。紹介した裁判例からも、裁判所がパワーハラスメントの成否や慰謝料の認定に極めて抑制的な姿勢をとっていることは、お分かり頂けるのではないかと思います。
それでは、セクシュアルハラスメント(セクハラ)の場合はどうでしょうか。
セクハラの場合、パワハラとは異なり、業務上の必要性・相当性が問題になることは普通ありません。仕事に性的な言動など不要に決まっているからです。凡そ性的な言動を行う必要性が観念できないため、相当な限度の性的言動がどこまでなのかという話も、基本的には出て来ません。
その意味においてパワーハラスメントよりも成立はしやすいのですが、慰謝料額に冷淡であることは、パワーハラスメントの場合と大差ありません。近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。高松地判令5.9.29労働判例ジャーナル142-28 損害賠償請求(セクハラ・パワハラ)事件です。
2.損害賠償請求(セクハラ・パワハラ)事件
本件で被告になったのは、一般社団法人日本競輪選手会に所属する競輪選手(平成31年2月当時44歳の既婚者男性)。
原告になったのは、同じく日本競輪選手会に所属する競輪選手です(平成30年~平成31年2月当時、19~20歳の未婚女性)。競輪の師匠である被告から、セクシュアルハラスメント又はパワーハラスメントに当たる言動を受け、精神的苦痛を受けたなどと主張し、慰謝料等を請求した事件です。
本件では多岐に渡る行為が主張されましたが、裁判所は、次のとおり述べて、セクハラを認め、慰謝料を10万円とする判決を言い渡しました。
(裁判所の判断)
「被告は、同月(平成31年2月 括弧内筆者)18日、原告に対して、被告の入院中に見舞いに来なかったことを叱責し、この際、お前は俺が入院している間も彼氏と遊んでセックスばかりしやがって、集中していないからお前ら弱くなってるんだろ、などと述べた・・・。」
(中略)
「被告は、原告に対し、見舞いについて一般的な指導はしたが、原告を正座させて被告の見舞いに来なかったことを非難したことや、『彼氏とセックスばかりしやがって』と言ったこと、バランスボールを投げつけたことを否定する。」
「しかし、被告も、平成31年2月頃に原告を指導する際、『セックスばっかりしよるけん成績が悪いんだろ。』などと述べた旨供述するところ・・・、その内容は、原告が主張する『お前は俺が入院している間も彼氏と遊んでセックスばかりしやがって』、『集中していないからお前ら弱くなってるんだろ』という発言と共通しており、被告の上記供述は、原告が上記発言があった旨主張するのと同一の機会に関するものであるとも考えられるし(被告はこれを否定するが、その供述する指導をした時期や経緯に関する具体的な説明はない。)、別の機会の指導に関する供述であるとしても、指導の際に『セックス』という語を用いていたことは、上記発言についての原告の主張と親和的である。Fは、被告が原告に対し、『セックス』という言葉を使ったことを聞いたことがある旨陳述し・・・・・・、このことも上記発言についての原告の主張と整合する。」
「また、被告は、原告が被告の見舞いのために病院を訪れた同年1月24日に、原告が見舞いに来たことにお礼のメッセージを送っているにもかかわらず・・・、同年2月10日の原告被告間でのLINEでは、被告は原告に対して「見舞いにも来ない薄情な弟子め」と送信している・・・。被告には、被告と面会できなかったにもかかわらず原告が再び見舞いに来なかったことを非難する感情があったといえ、退院した被告が原告を見舞いに来なかったとして叱責することは不自然でなく、被告もこれに類するやりとりをしたことを認めている・・・。そして、同日のLINEでは、原告がHと旅行に行ったことが伝えられた際に、見舞いに関する上記メッセージが送信されており、原告に対して非難する感情を有していた被告が見舞いの有無を原告とHとの交際に関連付けて原告を叱責するのも不自然でない。」
「他方で、原告が正座させられたことやバランスボールを投げつけられたことは、日本競輪選手会への本件被害申告の内容にもなく、その他にこれを裏付ける証拠はないから、かかる事実は認められない。」
「したがって、別紙『被告の原告に対する言動』番号6の原告の主張欄記載の言動については、認定事実・・・のとおり認めるのが相当である。」
(中略)
「他人の意に反する言動は、当該言動の内容及びその状況、行為者及び相手方の性別・年齢・地位・社会的経験等の属性、両者のそれまでの関係性、相手方の対応、当該言動の反復継続性等を総合的にみて,当該言動が社会的見地から不相当とされる程度のものである場合に、人格権を侵害するものとして違法となると解される。」
「本件において、被告は、競輪選手である原告の師匠という指導者の立場において、選手としての技術と共に、その立ち振る舞いや生活面も含めて原告を指導しており、その影響力は大きいものであったといえる。」
「原告は、別紙『被告の原告に対する言動』番号6の原告の主張欄記載の言動について、あからさまな性表現を行ったことがセクハラに当たる旨主張するところ、認定事実・・・の被告の言動は、原告の成績が低迷しつつあることなどを指導するに際し、交際相手との関係について直接的に性的表現を用いて叱責するものであり、当時20歳という若年の未婚女性であった原告に対して強い不快感と性的羞恥心を与えるものである上、原告の師匠として大きい影響力を有するにもかかわらず、原告の成績に関連付けて交際相手との性交渉のあり方に干渉し、原告の性的自己決定権を害するもので、その内容は悪質である。」
「以上を総合的に踏まえると、認定事実・・・の被告の言動は、反復継続したものであるとまでは認められないことを踏まえても、社会的見地から見て、不相当とされる程度に至っていたものと認めるべきであり、違法性が認められる。」
「これに対して被告は、練習量が減り、成績も低下しつつあった原告に対する指導の一環として発言したものであるから、社会的相当性を欠くものではない旨の主張をしているものの、そのような直接的な性的表現を用いて競輪競技の指導を行う必要性は認められないから、かかる言動が指導として正当なものであったとはいえず、被告の主張に理由はない。」
(中略)
「認定事実・・・の被告の言動は、直接的な性的表現を用いて原告の練習への姿勢や成績低下を叱責するものである一方で、反復継続してなされたものとまでは認められず、身体的接触等を伴うものではなかったことを踏まえると、これにより原告が被った精神的損害に対する慰謝料は10万円と認めることが相当である。」
3.やはり安価にすぎるのではないだろうか
裁判所で認定されている被告の発言は、品性に欠けるものであり、悪質というほかありません。また、このような発言は、凡そする必要のないもので、加害者を救済しなければならない理由もありません。
原告の方はかなりの衝撃を受けたのではないかと思いますが、それでも裁判所が認定した慰謝料は僅か10万円です。身体的接触を伴わない単発のものであることを踏まえても、加害者である被告に偏重し過ぎているように思われます。
セクハラにしても、現在の慰謝料の相場水準は低すぎると言わざるを得ません。慰謝料の相場水準は、もっと引き上げられるべきではないかと思います。