弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクシュアル・ハラスメント-胸を触られるなどの慰謝料

1.セクシュアル・ハラスメントの慰謝料

 セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)に関する法律相談を受けていて回答が難しい質問の一つに、裁判所に認容してもらえるであろう慰謝料の額があります。

 セクハラの慰謝料は、

「事案により千差万別であるが、行為の悪質性が高い事案、特に身体的な接触、強制わいせつ、強姦又は強姦未遂等の行為の態様が極めて悪質な事案や長期間、多数回に及ぶセクシュアル・ハラスメント行為があった事案等については、高額な慰謝料が認められる傾向にある。また、被害者に重大な結果が生じた場合として、被害者がPTSD等の精神疾患を発症した場合や、退職せざるを得なかった場合にも比較的高額な慰謝料が認められる傾向にある」

と理解されています(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック 改訂版』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕628頁参照)。

 このように大まかな傾向は分かるのですが、加害行為の態様の個別性が強く、個別事案においてどの程度の慰謝料が相当なのかの判断は決して容易ではありません。そのため、慰謝料額に関する相場観や実務感覚を身に付けて行くには、判例集に事案が掲載される都度、どの程度の慰謝料が認容されているのかに気を配っておくことが必要です。

 近時公刊された判例集にも、慰謝料額を考えるうえでの一例となる裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.1.19労働判例ジャーナル135-68 Office Picks事件です。

2.Office Picks事件

 本件で被告になったのは、イベントの企画運営等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との愛だで雇用契約を結んだ方です。被告に対し、未払の割増賃金(残業代)のほか、付加金やハラスメント慰謝料の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 被告代表者から受けたと主張しているハラスメントの一覧表が判例集では省略されているため、ハラスメントの全貌を知ることは困難です。しかし、原告がハラスメントとして主張した事実の中には、仕事後の酒席でカラオケを強要する、抱き着いたり、胸を触ったり、性的な和内容のメッセージを送ったりされる、といったエピソードが書かれていたようです。

 本件は被告が裁判所からの呼び出しに応じなった欠席裁判の事案ではありますが、裁判所は、次のとおり述べて、原告が請求した慰謝料150万円について、「相当な範囲内にあるもと認めました。

(裁判所の判断)

・不法行為の成否

「原告は、被告の代表取締役であるbによって、別紙1ハラスメント行為一覧表の行為をされた旨を主張するところ、被告は本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないので、これを自白したものもとみなす。」

「別紙1ハラスメント行為一覧表記載のbの各行為は、それ単独では違法性が認められないものも多く含まれるが、少なくとも、〔1〕他の従業員や客の前等で原告を大声で叱責し、物を投げ又は罵倒する行為(番号4、12、16、27、33)、〔2〕仕事後の酒席で飲酒やカラオケを強要したり、抱き着いたり、胸を触ったり、性的な内容のメッセージを送信する行為(番号2、9、11、23)及び〔3〕原告を非難する内容を多数回にわたって執拗に告げる行為(番号21)については(以下、これら〔1〕~〔3〕で引用した番号に係るbの行為を『本件不法行為』という。)、原告の人格権を害する行為であり、業務上の必要性や相当性があるとも認められないから、不法行為に当たるというべきである。」

「そして、別紙1ハラスメント行為一覧表の該当部分の記載によれば、本件行為はいずれもbが『業務を行うについて』(会社法350条)行ったものと認めるのが相当である(酒席やその後の行為についても、接待の場又は被告の事務所内で行われた行為である。)。」

・損害額

本件不法行為の内容(とりわけ、事務所内において胸を触られたとの番号9)、回数、期間及び被告が本件訴訟において何らの主張をしないことを併せ考慮すれば、原告の請求する慰謝料の額である150万円は、相当な範囲内にあると認められる。

3.欠席判決の事案ではあるが・・・

 欠席判決の場合、基本的には原告側の主張するとおりの判決が出ます。

 しかし、慰謝料の額まで原告の主張通りになるかというと、そのようなわけではありません。不相当に過大な金額を計上すれば、欠席判決であったとしても、裁判所は妥当といえる限度でしか認容しません。

 判決文の体裁からすると、裁判所が特に重視したのは「事務所内において胸を触られた」行為であったと思われます。

 被告側で反論がなかったことが織り込まれているとしても、本件は胸を触られるという典型的なセクハラ事案の慰謝料水準を知るうえで参考になります。