弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントで高額の慰謝料が認められた事案-長期間に渡る性的自由の侵害

1.ハラスメントの慰謝料

 事案の内容にもよりますが、一般論としていうと、パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントを理由とする損害賠償請求で、高額の慰謝料が認容されることは、あまりありません。

 しかし、稀に数百万円規模の高額な慰謝料の請求が認められる事案もあります。こうした事案の特徴を把握し、高額の慰謝料請求が認容される事案を類型化しておくことは、従来あまり意識されてこなかったことではありますが、被害者救済にとって意味のあることだと思っています。

 このような問題意識を持って近時公刊された判例集に目を通していたところ、ハラスメント(性的関係の強要等)で高額の慰謝料の請求が認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した東京高判令4.2.10労働判例ジャーナル125-36 ローカスト事件です。

2.ローカスト事件

 本件で被告(被控訴人)となったのは、

映画や舞台装置等の企画や特殊撮影等を行う特例有限会社と(被控訴人会社)、

被告の代表取締役Bの二男で取締役のC(被控訴人C)

の二名です。

 原告(控訴人)になったのは、被控訴人Cから事務員として働かないかとの誘いを受け、被控訴人会社で経理等の事務全般を担当していた方です。本件の原告は、

被控訴人Cから、飲み会で強い酒を飲まされ、意識を失っている間に被控訴人Cの自宅に連れていかれて意に反する性的暴行を受け、

その後も被控訴人会社の上司と部下という地位を利用して繰り返し性的関係を強要され、

控訴人の人格を否定するような言動を受け続けた後、

被控訴人会社から一方的に解雇されたと主張して、地位確認や未払賃金、損害賠償等を求める訴えを提起しました。

 一審が少額の慰謝料のみ認容したことから、原告側が控訴したのが本件です。

 本件は極めて凄惨な事件で、裁判所は事件の筋を次のように認定しています。

(裁判所の認定)

「当裁判所は、本件訴訟の主たる争点である、平成26年8月21日に被控訴人Cが控訴人に対して行った控訴人の意に反する性的暴行(準強制性交)から、平成29年2月に控訴人が、被控訴人会社から一方的に解雇されるに至るまでの一連の行為については、それぞれの言動等を分断されたエピソードとして捉えられるべきではなく、・・・以下で詳述するとおり、控訴人を正社員として雇用した被控訴人会社の取締役であり、被控訴人会社の代表取締役の息子であって次期社長として目され、同社の従業員の人事や解雇などについて権限を掌握していた被控訴人Cが、その地位や権限を濫用し、控訴人がようやく得た被控訴人会社の正規職員の職を解雇されかねないことを強くおそれていることに乗じ、嫌がる控訴人に対し、自分勝手な時間帯やシチュエーションにおいて性行為を繰り返し、被控訴人Cに対し心理的に反抗できない立場にある控訴人に対し、真に控訴人が同意するとは考えられない性行為を行い、控訴人をあたかも自己の所有物であるかのように扱い、控訴人の人格を否定するような言動を繰り返して行った事案であると考える。」

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、被控訴人Cの不法行為責任を認め、控訴人が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額としては400万円が相当であると判示しました。

(裁判所の判断)

・被控訴人Cの不法行為の有無について

「被控訴人Cは、控訴人に対し、前記2で認定したとおり、平成26年8月21日の飲み会の後に、意識を失っている控訴人の衣服を脱がせて、被控訴人Cが控訴人に対して意に反する性的暴力を行い、この行為は準強制性交(当時の準強姦)等に該当する不法行為であることは明らかである。そして、その後も、被控訴人Cは2年以上の間、控訴人を深夜までスナックや被控訴人C宅に連れ回して、避妊せずに自己本位な性的行為に及ぶことを繰り返し、控訴人の体調等に配慮することなく、自らの欲望の充足を優先させていたものであって、被控訴人Cは被控訴人会社の取締役であり代表取締役の息子であり次期代表取締役と目され、控訴人をいつでも辞めさせることができる実質的権限を有しており、控訴人は、解雇を恐れて、被控訴人Cの要求に従い続け、控訴人は妊娠及び流産と思われる兆候を繰り返し体調を悪化させていたところ、控訴人が平成29年2月17日の夜に、控訴人から被控訴人Cの横暴に耐え切れず、被控訴人Cのこれまでの言動を批判して反抗的な態度を見せるや否や、被控訴人Cは控訴人に対し、死んでくれなどの暴言とともに解雇を通告した。被控訴人Cによる上記一連の行為は、控訴人において被控訴人Cの要求を拒否することが困難な状況にあることを利用して、控訴人の性的自由を侵害し、同人の意に反する行動を強要して健康を害させると共に現在に至るまで精神科に通院を必要とする多大な精神的ダメージを負わせるなど人格権を侵害する違法なものというべきであって、不法行為を構成することは明らかである。(なお、被控訴人Cによる不法行為は、平成26年8月の性交渉も含めて一連のものとして捉えるべきであることからすれば、強姦行為の消滅時効の成否・・・については判断を要しないことになる。)

・損害について

「上記認定のとおりの被控訴人Cの不法行為の悪質な態様や期間の長さに加え、控訴人は経済的に困窮し、精神的に不安定な状態が続いて精神科に通院するなどしていることからすれば、多大な精神的苦痛を被ったというべきである。そうすると、控訴人の被った精神的苦痛に対する慰謝料の額としては400万円が相当である。そして、本件事案の性質、審理の経過、認容額等を考慮すると、被控訴人Cの行為と相当因果関係のある控訴人の弁護士費用は40万円とするのが相当である。」

3.長期間に渡る性的自由の侵害

 本件で慰謝料額が高額化したのは、裁判所が性的自由の侵害を重視していること、被害を受けた期間が長いこと、経済的な困窮が生じたこと、精神科への通院を余儀なくされたことなどが関係しているように思われます。

 また、一連の性的自由の侵害行為を継続的不法行為として捉え、時効の問題がクリアされている点でも本件は参考になります。