弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「可愛いところあるやんか」「女性はかわいいとか、やさしさとかあるやん」-性別役割分担意識に基づく女性を持ち上げる言動がセクハラとされた例

1.セクシュアルハラスメントと性別役割分担意識

 セクシュアルハラスメントというと「ハラスメント」という言葉の響きからか、相手が嫌がっていることを知ったうえで、敢えて嫌がらせを行うことをイメージされる方が少なくありません。

 この捉え方は、あながち間違っているわけではありません。平成18年厚生労働省告示615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」も、セクシュアルハラスメントの例として、

「事務所内において事業主が労働者に対して性的な関係を要求したが、拒否されたため、当該労働者を解雇すること」

「出張中の車中において上司が労働者の腰、胸等に触ったが、抵抗されたため、当該労働者について不利益な配置転換をすること」

「営業所内において事業主が日頃から労働者に係る性的な事柄について公然と発言していたが、抗議されたため、当該労働者を降格すること」

「事務所内において上司が労働者の腰、胸等に度々触ったため、当該労働者が苦痛に感じてその就業意欲が低下していること」

「同僚が取引先において労働者に係る性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流布したため、当該労働者が苦痛に感じて仕事が手につかないこと」

「労働者が抗議をしているにもかかわらず、事務所内にヌードポスターを掲示しているため、当該労働者が苦痛に感じて業務に専念できないこと」

といった、敢えて嫌がらせをするような行為を掲げています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

 しかし、セクシュアルハラスメントは、敢えて相手に嫌がらせをすることに限られるわけではありません。例えば、相手を褒める言葉であったとしても、性別役割分担意識と結びついた脈絡で用いられると、セクシュアルハラスメント(不法行為)を構成することがあります。性別役割分担意識とは、簡単に言うと、

「『男は仕事・女は家庭』といった、個人の能力とは関係なく、男性・女性という性別を理由として役割を分ける意識」

のことです。

固定的性別役割分業意識を考えましょう - 朝霞市

 近時公刊された判例集にも、こうした性別役割分担意識に基づく言動に違法性(不法行為該当性)を認めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京高判令5.9.7労働判例ジャーナル142-52 損害賠償請求(セクハラ)事件です。

2.損害賠償請求(セクハラ)事件

 本件で原告(控訴人)になったのは、警察庁の女性警察官です(警察庁採用)。事件当時、組織犯罪対策企画課(犯罪収益移転防止対策課)の課長補佐として犯罪収益に関する資金分析業務に従事していました。

 被告(被控訴人)になったのは、同じく犯罪収益移転防止対策室の課長補佐を務めていた男性警察官です(滋賀県警採用、警察庁出向中)。

 被告から執務室や歓送迎会の場において、卑猥な発言等のセクシュアルハラスメントを受けたことにより強い精神的苦痛を受け、通院治療等を余儀なくされているとして、原告の方が被告を相手取って損害賠償を請求する訴訟を提起しました。公務員を相手とする損害賠償請求訴訟でありながら、国ではなく個人が被告とされているところに特徴があります。

 一審(東京地判令3.10.19LLI/DB判例秘書登載)は原告の請求を棄却しました。これに対して原告側が控訴したのが本件です。

 二審は原告の請求の一部を認め、慰謝料等33万円の支払を命じました。

 裁判所の判断のうち、性的役割分担意識との関係で注目されるのは、次の部分です。

(裁判所の判断)

・本件発言2

本件発言2は、研修後の懇親会において、控訴人が氷かワインを運んできてくれた際に、被控訴人が『ありがとう』に加えて、『Gちゃん可愛いところあるやんか。』、『普段からそうしてや。』などと発言したものである・・・。

上記各発言は、性差別的な一定の価値観を控訴人に押し付ける内容の発言であって、社会通念上許容される限度を超えているといえるから、上記各発言により不快感を抱いた控訴人に対しては、控訴人の人格権を違法に侵害するものとして、不法行為が成立するというべきである。

・本件発言3

「本件発言3は、D警部の送別会において、男と女の違いを尋ねる控訴人の問い掛けに対し、被控訴人が『これはセクハラに当たるかもわからんけど、男はオチンチン付いとんのや。それだけでも違うやないか。』、『チンチン付けてたら男らしさも必要や。』、『女性は違うやろ。優しさちゅうのもあるやろ。』、『女性はかわいいとか、やさしいとかあるやん。それぞれの特長を生かして仕事もせな。』、『(控訴人も)かわいいとことかあるやん。』などと発言したものである・・・。

「これらの被控訴人の発言は、露骨に男性性器に言及するものであるほか、性差別的な一定の価値観を控訴人に押し付ける内容の発言であって、社会通念上許容される限度を超えているといえるから、上記各発言により不快感を抱いた控訴人に対しては、控訴人の人格権を違法に侵害するものとして、不法行為が成立するというべきである。

3.性別役割分担意識に基づく発言もダメ

 「可愛い」「女性はやさしい」といった褒め言葉は、それ自体に嫌がらせ的な意味合いがあるわけではないため、見過ごされがちな傾向にあります。

 しかし、法は、こうした言動に対しても、セクシュアルハラスメントとの関係で否定的な評価を与えています。

 例えば、上記の厚生労働省の指針は、

「職場におけるセクシュアルハラスメントの発生の原因や背景には、性別役割分担意識に基づく言動もあると考えられ、こうした言動をなくしていくことがセクシュアルハラスメントの防止の効果を高める上で重要であることに留意することが必要である」

としていますし、

人事院規則10―10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)の運用について(平成10年11月13日職福―442)は、

『性的な言動』とは、性的な関心や欲求に基づく言動をいい、性別により役割を分担すべきとする意識又は性的指向若しくは性自認に関する偏見に基づく言動も含まれる。

と明記しています。

https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/10_nouritu/1032000_H10shokufuku442.html

 こうした法の建付けを考えると、「男は~」「女は~」といった議論それ自体がセクシュアルハラスメント(不法行為)と理解されることは、それほど驚くようなことではありません。

 一部男性の中には「女性は~」といった言い方で女性を持ち上げることを軽く見ている方も散見されます。しかし、こうした言動を不快に感じる女性は少なくないように思います(法律相談をしていて、そのように感じています)。

 「男は~」「女は~」といった発言をしそうになった時には、それが職場に相応しい発言なのか、よく考えてから口にすることが必要です。