弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

主観的に性的関心に基づいていればセクハラ?-好意を持った部下の勤務中の横顔や後ろ姿を撮影することが不法行為に該当するとされた例

1.客観的に「性的な言動」といえるか疑義のあるタイプのハラスメント

 平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」【令和2年6月1日適用】は、

職場におけるセクシュアルハラスメント(セクハラ)を、

「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」

と定義しています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

 このように、セクシュアルハラスメントは、「性的な言動」を対象行為として捕捉するものです。

 しかし、数多あるハラスメント行為の中には、

行為者の主観的に性的な関心や欲求に基づいている行為ではあるものの、客観的には性的羞恥心を害するわけではない

という態様のものもあります。

 それでは、こうした態様のハラスメントを不法行為として捕捉して行くことはできないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.5.29労働経済判例速報2546-3 A社事件です。

2.A社事件

 本件で被告になったのは、

写真用、産業用、理化学用フィルターの製造及び販売、映像用レンズの製造及び販売等を業とする株式会社(被告会社)

被告会社のコールセンター(本件部署)の部長(被告乙山)

の二名です。

 原告になったのは、本件部署で正社員として勤務していた方です。上司である被告乙山からセクハラを受け、PTSDを発病したなどと主張し、

被告乙山に対しては不法行為に基づいて、

被告会社に対しては使用者責任ないし債務不履行に基づいて、

損害賠償を請求したのが本件です。

 本件で問題となった行為は多岐に渡りますが、その中の一つに、次のような写真撮影行為がありました。

(裁判所で認定された事実)

被告乙山は、平成25年頃から平成27年春頃にかけて、月に1、2回、被告会社の事務室内の原告から2m以上離れた位置から、原告の横顔や後ろ姿を、原告には無断で、カメラや携帯電話で写真撮影するようになった。

(中略)

「E及びDは、・・・被告乙山と面談し、その様子を原告から預かったICレコーダーに録音した。被告乙山は、無断で原告の写真を撮影したこと及び本件タクシー内行為について認め、その理由として、原告に対して好意を持っており、原告も被告乙山に対して好意を持っていると思っていたなどと述べる一方、原告が被告乙山の言動に悩んでいることをなんとなく認識していた旨述べた。

 なお、本件タクシー内行為というのは、次のような行為のことです。

「送別会の終了後、原告は、帰宅するため被告乙山と二人でタクシーに乗った。被告乙山は原告の手や太ももを触り、原告から『やめてください』と制止された後も、原告の肩か腰あたりを抱き寄せるような動作をするなどした・・・。原告は、途中でタクシーを降車し、徒歩で帰宅した。」

 本件で被告乙山がした写真撮影は、それ自体、性的羞恥心を害するようなものではありませんでしたが、裁判所は、次のとおり述べて、不法行為の成立を認めました。

(裁判所の判断)

「無断での写真撮影行為及び携帯電話を無断で見た行為について検討するに、原告と被告乙山は、職場の上司部下の関係に過ぎないことに照らせば、これらの行為は原告に不快感を生じさせるものであるし、被告乙山が原告の携帯電話を無断で見た行為は原告のプライバシーを侵害するものといえる。」

「そして、無断での写真撮影行為については、被告乙山は、職場で勤務中の原告の横顔や後ろ姿を一定の距離をおいて撮影したものであって、撮影された写真自体は、原告の性的羞恥心を侵害するようなものである可能性は低いと考えられるものの、当該行為が被告乙山の原告に対する性的関心に基づくものであると認められることや(被告乙山は原告に対して恋愛感情を抱いていたと供述している・・・)、それが少なくとも約1年半の間に継続的にされたものであることをも考慮すれば、このような行為による原告の人格的利益への侵害の程度は、社会生活上の受忍限度を超えるものであり、不法行為を構成するものといえる。

3.性的関心に基づいた行動であることは受忍限度に影響する

 上述のとおり、裁判所は、写真撮影について、それ自体が性的羞恥心を侵害する可能性に消極的な判断を示したものの、性的関心に基づくものであることを指摘したうえ、受忍限度を超えているとして不法行為の成立を認めました。

 セクシュアルハラスメントという言葉こそ使っていませんが、それ自体が性的羞恥心を侵害するものではなかったとしても、性的な関心から受け手が不快に思うであろう行動をとることについて不法行為の成立を認めたことは、画期的なことではないかと思います。裁判所の判示は、セクシュアルハラスメントに悩んでいる人の救済を考えるにあたり、実務上参考になります。