弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労災民訴(公務災害民訴)で死亡逸失利益の基礎収入が死亡者と同等又は上位にあった行政職員の給与平均額とされた例

1.労災民訴

 労働災害(労災)や公務災害の被災者が、労働者災害補償保険法や国家公務員災害補償法、地方公務員災害補償法等で補償されなかった損害について、使用者に損害賠償を請求することを、一般に「労災民訴」といいます。

 労働者災害補償保険法等による保護は手厚いものの、被災者が死亡しているケースなど被害が甚大な案件では、カバーされない損害も相当規模に及ぶため、労災民訴が提起されることは、実務上、それほど珍しいことではありません。

2.死亡逸失利益の計算

 労災民訴に固有のことではありませんが、現行法上、死亡逸失利益は、次のとおり計算されます。

基礎収入 ✖ (1-生活費控除率) ✖ 就労可能年数のライプニッツ係数

 ここで言う基礎収入については、後遺症逸失利益の基礎収入と同じように理解されます。具体的には、

「実収入額によるのが原則であるが、休業損害とは異なって、将来の長期間にわたる所得の問題であるため、必ずしも事故当時の収入額によるのが相当な場合もある

と理解されています(大島眞一『交通事故事件の実務-裁判官の視点-』〔新日本法規出版、初版、令2〕68頁、86頁)。

 要するに、

実収入額が原則

何か例外的な事情がある場合には、事故(被災)当時の収入額とは別の額を用いる

といったことです。

 例外の典型は若年者について、賃金センサスを用いて基礎収入を認定する場面ですが、近時公刊された判例集に、基礎収入の認定について珍しい判断を示した裁判例が掲載されていました。札幌地裁令6.2.6労働経済判例速報2547-27 雄竹町事件です。

3.雄竹町事件

 本件で被告になったのは、普通地方公共団体です。

 原告になったのは、精神疾患を発症して自死した被告職員の遺族です。取消訴訟を経て被災者の自死が公務災害であることが認定された後、労災(公務災害)民訴を提起したのが本件です。

 本件では死亡当時45歳であった被災者の逸失利益が問題になりましたが、本件では、次のとおり基礎収入の額が争われていました。

(原告の主張)

「被災者は、死亡当時45歳であり、雄武町職員の給与に関する条例(以下「給与条例」という。)に基づく職員の職務の級及び号俸は4級65号俸であった。被災者は、仮に自死をしていなかった場合、被告において勤務を続け、年次を重ねるにつれて号俸が増え、昇任することが見込まれていた。」

「被告の行政職員のうち、職務の級が4級で、かつ65号俸と同等又はより上位の号俸であった職員6名と、職務の級が5級又は6級であった職員18名の、計24名における給与の年間総支給額の平均額は738万1574円であり、同額を基礎収入と見るのが相当である。」

(被告の主張)

「基礎収入は、本件自殺の前年度の年収によるべきであるから、被災者の平成26年度の年収である669万8739円となる。」

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を採用しました。

(裁判所の判断)

「逸失利益は、将来の長期間にわたって取得することが想定される収入を基礎とするものであるから、客観的に相当程度の蓋然性をもって予測される収入の額を算出することができる場合には、その限度で損害の発生を認めるべきである。」

平成27年12月9日の死亡当時、被災者の職務の級及び号俸は4級65号俸であったところ、被災者に予定されていた昇給の見込みを具体的に認定することは困難であるものの、普通地方公共団体の行政職員という職務の性質に加え、被災者の従前の昇給の経過からしてその勤務成績が良好であったと評価できること・・・に照らすと、被災者死亡当時、被告において被災者と同等又はより上位にあった行政職員の給与の平均額である738万1574円を被災者の基礎収入とすることは合理的であり、相当と認められる。

3.昇給見込みの具体的認定は困難であるが・・・

 一般的に言うと、賃金はある程度のところまで年功的に上昇して行きます。しかし、具体的に何時・幾らにまで上昇していたのかは、仮定的な判断になるため、良く分からないのが普通です。これが立証の壁となって立ちふさがり、基礎収入の認定は、何だかんだ死亡当時の実収入の限度に抑えられてしまうことが少なくありません。

 しかし、本件の裁判所は「昇給のみ込みを具体的に認定することは困難」との認識を前提としながらも、昇給があることを前提とした金額を基礎収入として認定しました。

 使用者側からは「普通地方公共団体の行政職員という職務の性質」の特殊性を主張されるとは思われるものの、これは画期的な判断であり、今後、労災民訴(公務災害民訴)を行っていく上で、先例として積極的に引用して行くことが考えられます。