弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメント-学生が笑っていたとしても、他の受講者の前で成績を揶揄してはダメ

1.アカデミックハラスメント

 大学等の教育・研究の場で生じるハラスメントを、アカデミックハラスメント(アカハラ)といいます。

 学生に対するアカデミックハラスメントが問題になった時、大学教員の側からは、しばしば「嫌がっている様子はなかった」という弁解がなされます。

 しかし、大学教員と学生との関係には権力性があるからか、裁判例を見ていると、こうした弁解は、それほど有効に機能していないように思われます。近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、名古屋地判令3.1.27労働判例1307-64 国立大学法人愛知教育大学事件です。

2.国立大学法人愛知教育大学事件

 本件で被告になったのは、国立大学法人法に基づいて設立された国立大学法人です。

 原告になったのは、被告のA学部で教授職にあった方です。

 学生に対する複数のハラスメント行為を理由に停職6週間の懲戒処分をされたことを受け、処分の無効確認、停職期間中の賃金、慰謝料等の支払を請求したのが本件です。

 本件で処分事由とされたのは、次の五つの事実です。

① 原告は、平成29年5月8日4限目『声楽ゼミナールⅠ』にて、学生に対し、発音が間違っていることを理由に100円の罰金を要求した(本件懲戒事実①)。

② 原告は、平成29年5月22日4限目「声楽ゼミナールⅠ」及び平成30年5月8日4限目「特別研究Ⅰ」・・・にて、学生を強く怒鳴った(平成29年5月22日の事実=本件懲戒事実②-1、平成30年5月8日の事実=本件懲戒事実②-2)。

③ 原告は、平成29年10月23日4限目「声楽ゼミナールⅡ」にて、学生の大学院入学試験の英語の点数が受験生の中で一番低かったと、本人及び他の学生らの前で話した(本件懲戒事実③)。

④ 原告は、平成30年5月7日2限目「声楽演奏法研究Ⅰ」にて、学生に対し、発音が間違っていることを理由に洋菓子の購入を要求した(本件懲戒事実④)。

⑤ 原告は、平成30年5月21日2限目「声楽演奏法研究Ⅰ」にて、学生が休学に至った理由はAへの就職や岡崎市の公務員試験に失敗したためであると、他の学生に話した(本件懲戒事実⑤)。

 各行為について興味深い判断がなされているのですが、本日、紹介するのは、本件懲戒事実③についての裁判所の見方です。

 本件の原告は、本件懲戒事実③がハラスメントと認定されたことについて、次のとおり反論しました。

(原告の主張)

「本件懲戒事実③について、学生Oは、ことさら嫌がる様子はなく、笑い声も交えて応じるなどしていた。また、その場にいたのは、互いによく知る学生同士であった。原告は、学生Oに対し、大学院入学試験のために英語の準備をするように指導したにもかかわらず、学生Oが原告の注意を守らず、英語で最低点を取ったことから、これからでも良いので真面目に英語に取り組んでほしいと思い、学生Oを叱咤激励したものである。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件懲戒事実③をハラスメントだと認定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成29年10月23日4限目『声楽ゼミナールⅡ』において、学生Oに対し、他の受講者数名もいる中で、『本当情けない英語だよね、お前。何点だったかな、お前。お前一番低かった。合格者の中で一番。』などと述べ、学生Oの大学院入学試験の英語の点数が合格者の中で一番低かったと話した(本件懲戒事実③)。なお、学生Oは、これに対し、笑い声を交えて応答していた。

(中略)

本件懲戒事実③について、原告は、他の学生もいる中で、学生Oの大学院入学試験の英語の点数が合格者の中で一番低かった旨述べたものであるが、たとえ、自身が所属する学部と同一の大学の大学院に入学するための試験であったとしても、学生は、その合否以外の詳細な結果が公表されることはないものと考えているのが通常であり、教員が学生本人の許可なくこれを公表する必要性を認めることはできない。まして、原告が公表した内容は、学生Oが公表を望まないであろうことを通常予見できる種類のものであることを踏まえると、原告の言動は、教員としておよそ軽率かつ不適切であったというほかない。

そうすると、本件懲戒事実③は、当時の状況ややり取りの様子を踏まえたとしても、原告の不適切な言動により、学生Oの修学上の環境を害したものというほかなく、ハラスメントに該当するものと認められる。

3.学生が笑い声を交えて応答していたことは、殆ど無視されている

 裁判所は学生が笑い声を交えて応答していたことを事実として認定しました。しかし、ハラスメントへの該当性を判断するにあたり、この事実は一顧だにされませんでした。

 学生に対するアカデミックハラスメントの成否を論じる場面では、冗談であった、学生も談笑していたといった弁解は通用しにくい傾向があります。大学教員の方は、こうした裁判例の傾向を踏まえたうえ、言動に気を付けておく必要があります。