弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

1年単位の変形労働時間制の効力を争うための着眼点-公休予定日が出勤日に変更されている実態はないか?

1.1年単位の変形労働時間制

 1年単位の変形労働時間制とは「業務に繁閑のある事業場において、繁忙期に長い労働時間を設定し、かつ、閑散期に短い労働時間を設定することにより効率的に労働時間を配分して、年間の総労働時間の短縮を図ることを目的にした」仕組みです(労働基準法32条の4)

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/library/tokyo-roudoukyoku/jikanka/1nen.pdf

 この仕組みは、年間の総労働時間の短縮を図るとはいいながらも、単なる残業代を節約するためのスキームとして使われることが少なくありません。そのため、変形労働時間制の有効性は、しばしば裁判でも争われています。

 1年単位の変形労働時間制を運用するにあたっては、労使協定で、

「対象期間における労働日及び当該労働日ごとの労働時間」

を定める必要があります’(労働基準法32条の4第1項4号)。

 条文の字面を見るだけでは分かりませんが、これはかなり厳格な要件で、当たり前のように休日振替が行われる場合、充足性が否定されることになります。

 このことについては行政通達があり、平成6年5月31日基発330号、平成9年3月28日基発210号、平成11年3月31日基発168号が、

「問.休日の振替を行うことがあっても、一年単位の変形労働時間制を採用することができるか。

答.一年単位の変形労働時間制は、使用者が業務の都合によっては任意に労働時間を変更することがないことを前提とした制度であるので、通常の業務の繁閑等を理由として休日振替が通常行われるような場合は、一年単位の変形労働時間制を採用できない。

 なお、一年単位の変形労働時間制を採用した場合において、労働日の特定時には良きしない事情が生じ、やむを得ず休日の振替を行わなければならなくなることも考えられるが、そのような休日の振替迄も認められない趣旨ではなく・・・(以下略)」

と規定しています。

 昨日ご紹介した、東京高判令6.5.15労働判例1318-17 サカイ引越センター事件は、この休日振替との関係でも、興味深い判断を示しています。

2.サカイ引越センター事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 被告(控訴人兼附帯被控訴人)になったのは、引越運送、引越付帯サービス等を業とする株式会社です。

 原告(被控訴人兼附帯控訴人)になったのは、現業職(運転手)として被告に入社し、P6支社に所属して引越運送業務に従事していた方3名です(原告P1、原告P2、原告P3)。

 被告では1年単位の変形労働時間制が採用されており、他の残業代請求事件と同じく、その効力が争われました。

 一審は変形労働時間制の効力を否定して、原告の請求を一部認めました。これに対し、被告側が控訴し、原告側が付帯控訴したのが本件です。

 変形労働時間制の効力は二審でも争われ、被告(控訴人)は次のとおり主張しました。

(控訴人の主張)

「原判決は、本件請求対象期間におけるe支社の変形労働時間制の定めは、労基法32条の4の要件を充足しないものとして無効としたが、不当である。」

「始業・終業時刻(シフト)は就業規則のみにおいて特定される必要はない。雇用契約書の記載や各従業員に交付されるシフト表などの記載を総合して、シフトが特定されていれるかを判断すべきである。」

「そして、控訴人e支社では、現業職の希望を聴いた上で、毎月の出勤簿公休予定表を作成し、現業職のシフトは原則的に当該出勤簿公休予定表に基づいて決まることになり、出勤簿公休予定表は、従業員であれば誰でも閲覧可能な状態であった。また、就業規則では、現業職につき複数のシフト時間が定められているものの、各支社ではいずれか一つのシフト時間に統一しているし、また、シフト時間を変更する際は、各支社が本部に申請し、了解を得た上で変更することになっており、シフト時間が変更される場合には、各支社の管理職から現業職に対し通知していた。したがって、現業職全員が同じシフト時間なので間違えることはなく、また、シフト時間に変更があった場合には全現業職に通知しているので、いつからどのシフトが適用されるのかを把握しているのであるから、シフトが特定されていたといえ、控訴人の変形労働時間制は有効である。」

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、被告(控訴人)の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、現業職全員が同じシフト時間であり間違えることはないこと、シフト時間に変更があった場合には全現業職に通知しており、いつから当該シフトが適用されるのかを全現業職が把握していることを挙げて、控訴人の変形労働時間制が有効である旨主張する。」

「しかし、補正の上引用する原判決が説示するとおり、変形労働時間制において、労働時間の特定を求める趣旨は、労働時間の不規則な配分によって労働者の生活に与える影響を小さくすることにあることからすれば、労基法32条の4及び89条の趣旨に照らし、十分な特定が必要である。控訴人は、実務運用によれば、シフト時間は全現業職が把握していたことを指摘するが、控訴人においては、公休予定日が出勤日に変更される実態が認められ・・・、こうした点を踏まえると、現業職の生活設計に支障を生じさせ得る状態であることは否定できず、結局、労働時間の特定に関する上記趣旨に合致せず、採用することはできない。

3.見落とされがちな要件

 休日振替、公休予定日の出勤日への変更については、運用の問題であって、条文の字面には出てきません。そのため、1年単位の変形労働時間制の有効性の検討作業において見落とされがちです。

 しかし、忘れずに検討を行えば、それが1年単位の変形労働時間制の効力を否定するための突破口になることもあります。

 残業代請求にあたり忘れてはならない視点を改めて注意喚起するものとして、本裁判例は実務上参考になります。