弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

猥褻性がなくてもセクハラは成立する?-大学教員が女子学生を体型を揶揄するあだ名(デブコロ)呼ぶことがセクハラに該当するとされた例

1.セクシュアルハラスメント

 平成18年厚生労働省告示第615号『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』【令和2年6月1日適用】は、 職場におけるセクシュアルハラスメントを、

「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」

と定義しています。

 大学からみて学生は労働者ではありません。そのため、大学教員から学生に対するセクシュアルハラスメントに対しては、上記厚生労働省告示の適用はありません。

 しかし、多くの大学は、上記告示を参考に学内規程を設け、教員による学生に対するセクシュアルハラスメントの防止に努めています。

 近時公刊された判例集にも、大学教員が学生に対してセクシュアルハラスメント等を行い懲戒処分を受けた事案が掲載されていました。東京地判令5.2.22労働経済判例速報2530-22 A大学事件です。「性的」言動の範囲について興味深い判断をしていることから、本日はこの事件を紹介させて頂きます。

2.A大学事件

 本件で被告になったのは、2学部5学科を設置する四年制大学(本件大学)を設置する学校法人です。

 原告になったのは、本件大学の准教授として雇用されている男性大学教員です。自主ゼミ(キャリア研究活動)に所属する学生らに対するハラスメントを理由に停職2か月の懲戒処分を受け、その無効の確認と停職期間中の賃金の支払を求め、被告を提訴したのが本件です。

 本件には複数の懲戒事由がありましたが、その中の一つに、

「原告は、Cに対し、『デブコロ』とあだ名をつけて呼んでいた」

ことがありました(本件懲戒処分対象行為3)。

 大学側はこれをセクシュアルハラスメントと認定しましたが、原告は、

「原告がCを『デブコロ』というあだ名で呼んだことがあるのは事実である。ただし、Cは痩せており、原告はCの容姿を揶揄等する意味で『デブコロ』と呼んだものではなく、そのことはCも認識していたと解される。」

「したがって、『デブコロ』というあだ名で呼んだことをもってセクシャルハラスメントであるとする認定には違和感がある。ただし、セクシャルハラスメントであるか否かは措くとしても、発言自体に問題があったことを原告も争うものではなく、不適切な言動であったと反省している。」

と主張し、セクシュアルハラスメントへの該当性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、セクシュアルハラスメントの成立を認めました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件懲戒処分対象行為3がハラスメント防止・対策に関する規則1条の2第2項1号にいうセクシャルハラスメント(性的言動で相手方を不快にさせるもの)に該当し、就業規則43条9号に該当すると主張する。」

「認定事実によれば、Cがケアレスミスばかりをしており、いじられキャラとして接した方がいいと考え、男性教員である原告が女子学生であるCに対し、『デブコロ』という体型を揶揄するようなあだ名をつけて呼んでおり、このように呼ばれることにCは不快を感じ、自ら又はDを通じて原告に対して止めるように言ったことが認められるから、本件懲戒処分対象行為3の事実が認められる。また、この行為はハラスメント防止・対策に関する規則1条の2第2項1号にいうセクシャルハラスメントに該当し、就業規則43条9号に該当すると認められる。」

「これに対し、原告は、あだ名で呼ぶことがセクシャルハラスメントであるとことには違和感があると主張する。しかし、単にあだ名で呼ぶことをセクシャルハラスメントとしているのではなく、男性教員が女子学生に対して体型を揶揄するようなあだ名をつけることがセクシャルハラスメントに当たるといえるのであるから、原告の上記主張は採用できない。仮に本件懲戒処分対象行為3がセクシャルハラスメントに当たらないとしても、原告の行為がハラスメント防止・対策に関する規則1条の2第2項5号にいう『その他前各号に準ずるハラスメント』に該当することは明らかであるから、就業規則43条9号に該当するとの結論を左右するものではない。」

3.猥褻性がなくても「性的」言動になるのか?

 冒頭に掲げた厚生労働省告示は、性的な言動について、

「『性的な言動』とは、性的な内容の発言及び性的な行動を指し、この『性的な内容の発言』には、性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報を意図的に流布すること等が、『性的な行動』には、性的な関係を強要すること、必要なく身体に触ること、わいせつな図画を配布すること等が、それぞれ含まれる」

との解釈を示しています。

 本件の場合、体型を揶揄する側面はあったとしても、その言葉自体に猥褻な響きがあるわけではないように思います。それでも、裁判所は、性的言動であるとして、セクシュアルハラスメントの成立を認めました。このことは裁判所がセクシュアルハラスメントにいう「性的」の範疇をかなり広く捉えていることを示しています。

 こうした「性的」概念の広さは、職場におけるセクシュアルハラスメントの成否の判断にも影響する可能性があり、今後の裁判例の動向が注目されます。

 なお、本件言動が不適切であることは論を待ちませんが、懲戒事由として考える場合、セクシュアルハラスメントよりも、アカデミックハラスメント(教育・研究上の権力関係を背景とした不適切な言動により、相手方に不利益や損害を与えるもの)として捕捉した方が、より実体に即しているという判断も在り得たのではないかと思われます。