弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

スポーツ指導者によるセクハラ

1.労働契約が存在しなくても性的言動は不法行為を構成する?

 「事業主が職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」を「職場におけるセクシュアルハラスメント」といいます(平成18年厚生労働省告示第615号『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』参照)。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

 この定義からも分かるとおり、「職場におけるセクシュアルハラスメント」とは基本的に「労働者」を守るための概念として位置付けられています。

 それでは、労働契約以外の法律関係で結び付いている場合、あるいは、法律に引き直せない関係で結び付いている場合、性的言動が違法となる(不法行為を構成する)ことはないのでしょうか?

 以前、業務委託先個人に対するセクハラ行為を理由に、会社が損害賠償責任を負った裁判例を紹介しましたが、

会社は業務委託先である個人事業主に対するセクハラを許さない義務を負う - 弁護士 師子角允彬のブログ

近時公刊された判例集にも、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、高松地判令5.9.29労働判例ジャーナル142-28 損害賠償請求(セクハラ・パワハラ)事件です。

2.損害賠償請求(セクハラ・パワハラ)事件

 本件で被告になったのは、一般社団法人日本競輪選手会に所属する競輪選手(平成31年2月当時44歳の既婚者男性)。

 原告になったのは、同じく日本競輪選手会に所属する競輪選手です(平成30年~平成31年2月当時、19~20歳の未婚女性)。競輪の師匠である被告から、セクシュアルハラスメント又はパワーハラスメントに当たる言動を受け、精神的苦痛を受けたなどと主張し、慰謝料等を請求した事件です。

 本件では被告男性の原告女性に対する性的言動の不法行為該当性が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを肯定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、同月(平成31年2月 括弧内筆者)18日、原告に対して、被告の入院中に見舞いに来なかったことを叱責し、この際、お前は俺が入院している間も彼氏と遊んでセックスばかりしやがって、集中していないからお前ら弱くなってるんだろ、などと述べた」

(中略)

他人の意に反する言動は、当該言動の内容及びその状況、行為者及び相手方の性別・年齢・地位・社会的経験等の属性、両者のそれまでの関係性、相手方の対応、当該言動の反復継続性等を総合的にみて,当該言動が社会的見地から不相当とされる程度のものである場合に、人格権を侵害するものとして違法となると解される。

本件において、被告は、競輪選手である原告の師匠という指導者の立場において、選手としての技術と共に、その立ち振る舞いや生活面も含めて原告を指導しており、その影響力は大きいものであったといえる。

原告は、別紙『被告の原告に対する言動』番号6の原告の主張欄記載の言動について、あからさまな性表現を行ったことがセクハラに当たる旨主張するところ、認定事実・・・の被告の言動は、原告の成績が低迷しつつあることなどを指導するに際し、交際相手との関係について直接的に性的表現を用いて叱責するものであり、当時20歳という若年の未婚女性であった原告に対して強い不快感と性的羞恥心を与えるものである上、原告の師匠として大きい影響力を有するにもかかわらず、原告の成績に関連付けて交際相手との性交渉のあり方に干渉し、原告の性的自己決定権を害するもので、その内容は悪質である。

 「以上を総合的に踏まえると、認定事実・・・の被告の言動は、反復継続したものであるとまでは認められないことを踏まえても、社会的見地から見て、不相当とされる程度に至っていたものと認めるべきであり、違法性が認められる。

「これに対して被告は、練習量が減り、成績も低下しつつあった原告に対する指導の一環として発言したものであるから、社会的相当性を欠くものではない旨の主張をしているものの、そのような直接的な性的表現を用いて競輪競技の指導を行う必要性は認められないから、かかる言動が指導として正当なものであったとはいえず、被告の主張に理由はない。」

3.スポーツ指導者によるセクハラ

 スポーツ指導者と指導を受ける側のカとの関係性は、形式を見ているだけでは分かりません。例えば、被指導者が指導者にお金を払ったうえ、指導者が被指導者にコーチングを委託する契約があります。この契約は、一見しただけでは、対等な業務委託契約、もしくは、お金を出す被指導者の側に主導権がある契約と変わりありません。

 このように類型的に一方が他方に優越的な立場にあるとはいえないような関係性のもとにおいても性的言動が不法行為を構成することがあるのかは、それほど自明な問題ではありません。

 スポーツの指導者が指導される側に対し、性的言動に及ぶことは、残念ながら少なくないように思います。昨日お話したとおり慰謝料がごく少額であることは残念ですが、本件は労働契約とは異なる関係性のもとにおいても性的言動が不法行為を構成する可能性があることを示した点で実務上参考になります。