弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

業務委託先である個人事業主(弁護士)に対するハラスメント行為に違法性が認められた例

1.個人事業主に対するパワーハラスメント

 少し前に、取引先である個人事業主に対するセクシュアルハラスメント(セクハラ)の成立が認められた裁判例を紹介しました(東京地判令4.5.25労働判例ジャーナル125-22 アムール事件)。

会社は業務委託先である個人事業主に対するセクハラを許さない義務を負う - 弁護士 師子角允彬のブログ

 この裁判例は、

発注者が個人事業主に対して優越する場合があること、

優越的な関係を利用した性的言動が不法行為になりえること、

を認めた裁判例として注目を浴びました。

 発注者が個人事業主に対して優越する場合があることを認めたことについては、当たり前だと思われる方がいるかも知れません。

 しかし、法律家からみると、これは決して当たり前ではありません。法律は基本的に契約当事者を対等なものとして取り扱っているからです。

 消費者契約法、労働基準法をはじめとする各種労働法、独占禁止法など、個別の法令で、優越的地位にある契約当事者が劣位にある契約当事者に対し、不適切な法律行為・事実行為に及ぶことが禁止されている例はあります。しかし、これらはあくまでも原則の修正にすぎません。原則になるのは「契約当事者は対等である」という考え方です。

 そのため、個人事業主に対するセクハラといっても、従来、裁判例で問題になることはあまりありませんでした。それは

「事業者間取引なのだから関係は対等である。関係が対等である以上、(強制性交や強制わいせつのような場合は別として)嫌だったら断れるはずだ」

という考え方が裁判所の基本的視座になっていたからであるように思われます。こうした歴史的経緯を考えると、個人事業主に対してであっても、優越的な地位を利用した性的言動がハラスメント(不法行為)を構成するという裁判所の判示は、法律家にとってみると画期的なことに感じられるのです。

 このような状況のもと、近時公刊された判例集に、また個人事業主に対する(パワー)ハラスメントに違法性が認められた裁判例が掲載されました。昨日もご紹介した、横浜地川崎支判令3.4.27労働判例1280-57 弁護士法人甲野法律事務所事件です。

2.弁護士法人甲野法律事務所事件

 本件で原告(反訴被告)になったのは、横浜弁護士会(現、神奈川県弁護士会)所属の弁護士(原告X1)と、同弁護士らが設立した弁護士法人です(原告事務所 平成25年9月30日設立)。

 被告(反訴原告)になったのは、原告事務所で司法修習を行い、そのまま原告に事務所に入所した弁護士です(平成23年12月15日登録)。

 引継ぎ等を行わないまま、原告X1の了承を得ることなく一方的に突然退職したことにより信用が毀損され、大幅な減収に至ったなどと主張し、原告らが、被告に対し、損賠賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 これに対し、被告は、不適切な職務遂行を行ったことなどを争うと共に、自らの労働者性を主張し、未払賃金や、未払割増賃金、損害賠償等を求める反訴を提起しました。

 この事件の判決で目を引かれるのは、被告の労働者性が否定されているにもかかわらず、ハラスメントを理由とする損害賠償請求が認められていることです。

 裁判所の判示は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「被告が原告事務所に在籍していた際に原告X1が被告に対し行った行為につき、以下の各事実を認めることができる。」

「ア 原告X1は、平成25年7月頃には、実際には本件弁護士会の市民相談の苦情はなかったのに、被告に対し、被告の苦情を寄せた旨の連絡があったなどと告げて叱責した。

 原告X1は、平成26年1月22日頃、被告の依頼者に対する書類の送付ミスを契機として、□□事務所において、被告に対し、激怒しながら被告のワイシャツの胸ぐら部分を少なくとも5秒以上掴み、『嘘つきやろうが』、『おめえふざけんじゃねえぞ。』などと大声を出しながら、背後のロッカーに叩きつけ、在室していたG1弁護士が間に入ったため暴行をやめた後も、土下座するよう非常に強い口調で命じた。

 同年3月5日、原告X1は、依頼者から苦情があったことを契機として、G1弁護士が在室する中で被告を激しく叱責した。当該叱責において被告のミスを糾弾する中で、原告X1は、依頼者が弁護士にとって最も恐れるべき相手であるという趣旨の指導もしつつ、ミスを繰り返す理由を問い詰め、解任や被告に対する懲戒請求の可能性がある旨の発言を度々交え、ときには、『テメエおらどういうことやってんだオラ。何回トラブルばっかり起こしてんだテメエは。どうしていっつもこんなトラブルばっかり起こす。懲戒請求の話が出てんだぞ今』、『てめえなんか無資格者にしてやるぞコラ。そんなに俺のことが怖くてJ2さんとかも怖くないんだったら俺が怖いってことを見せてやろうじゃねえか。』、『てめえの人生奪うことができるぞオラ。懲戒請求で。ここにある始末書全部出すぞ。C1にも全部協力求めて協力者全部仰ぐぞ。』などと怒号も交えて、ほとんど反論をしない被告に対し、執拗に叱責をし続けた。当該叱責の中では、被告を 『クズ』、『バカタレ』、『ボケ』などと呼びつけるなどもしていた。原告X1は、被告に対し、遅くとも同日頃以降、平成28年3月22日に被告が原告事務所を退職するまでの間、指示棒やスリッパ等で叩くことも交え、少なくとも数十分程度の叱責を頻回に繰り返していた。これらは原告事務所に在籍する他の弁護士の面前でも行われたものであった。」

「イ 原告X1は、平成27年12月11日頃から被告が上記のとおり退職するまでの間、被告に送信するメールの宛先表示を「△△」、「クズ」、「クZ」等とし、これらのメールには後輩弁護士であるI1弁護士や原告事務所の事務局に送信されるものも含まれていた。

 平成28年2月には、被告に嘘、偽りを意味する英語や、ごり押し・強引という言葉を文字って『ライエネゴリ』、『エネゴリ』等とあだ名をつけて呼んだりメッセージを送信するなどもした。

 原告X1は、特段、専門家の意見によらずに、同年1月23日頃には、ADHDに係る書籍を購入して被告に渡し、被告に対し、『本を読むなどして改善していかないと君が困るのではないですか?』などとメッセージを送信したり、『ちゃんと常識を持って行動しないと。I1くんに笑われているんだろう。』とメッセージを送信したりするなどもした。」

「ウ 原告X1は、平成27年5月18日頃から平成28年3月18日頃までの間、被告のみに、原告事務所に出勤した時及び退勤した時にそれぞれ出勤時刻及び退勤時刻が分かるよう原告事務所内の掛け時計の写真を撮影する形で報告するよう求めていた。また、平成27年頃には被告の担当する事務所事件は40件ないし50件になっていたが、遅くとも同年6月下旬頃から、原告X1は、被告に対し、事案管理表を作成させたほか、週間必対応リストや『今日中にやらなければならない』リスト等と題する各リストを、被告において提出ができないことが繰り返されていたにもかかわらず、被告が原告事務所を退職するまで、原告X1又は原告事務所の事務局に対し継続的に送信させた。」

「エ 原告X1は、平成26年当時被告が交際していた女性弁護士に連絡をとり、被告の虚偽報告等のミスについて告げるなどした。」

「その他、原告X1が被告に午前9時又はそれより早い時間から勤務を開始し、午後11時から午前0時頃まで勤務することを強要した、原告X1の行動により上記・・・エの女性弁護士との関係が破綻した、原告X1が被告の携帯電話の発着信履歴やメール履歴を確認していたとする被告の主張については、これらを認めるに足りる的確な証拠はない。」

「また、原告X1が被告に対し退職勧奨をしたり、被告の退職の意思表示を撤回させたりしたとする被告の主張については、上記2で認定した一連の経過によれば、そのように受け止めることができる原告X1の言動がうかがわれないではないが、上記・・・でも説示したとおり、最終的には被告が自身の経済状況、原告事務所でのスキルアップ、個人事件受任増加の見込み等を総合勘案して自らの判断で自らの去就を決定したものというべきであるから、これが不法行為に当たるとは認め難い。」

「さらに、原告X1が被告に対し個人事件の受任を禁じたとの被告の主張については、上記・・・のとおり、被告において、平成27年四、五月頃の時期における事務所事件の処理との関係で事務所事件を優先すべきとする原告X1の意を酌んだものという限度で事実が認められるが、これをもって不法行為を基礎付けるものとまではいえないから、被告の上記主張は理由がない。」

「加えて、被告は、原告X1が、勤務弁護士である被告に対し、種々の不当な金銭負担の要求をした旨主張するが、上記・・・のとおり、被告は労働者には当たらないから、被告の主張はその前提を欠く。」

「被告は、乙26の1ないし4(委任契約書)に係る事件はそれぞれ被告の個人事件であったにもかかわらず、原告X1が無償労働を強要しており、不法行為に該当するとも主張するが、乙26の1ないし3に係る事件については、弁護士報酬等の送金口座が原告事務所の預り口口座とされており、かつ、事案管理表・・・にも事務所事件として整理して記載されていることからすれば、少なくとも被告と原告事務所の間では内部的に事務所事件として扱う合意がされていたものと推認され、原告事務所(原告X1)による報酬の受領を違法と評価することはできない(なお、平成26年11月19日以降の報酬については、上記・・・のとおりである。)。また、乙26の4に係る事件については、被告名義の預り口口座に入金されたものが原告事務所に渡ったとするものであるが、当該口座は本来被告において自由に入出金できるものであるところ、同口座の管理を原告事務所に包括的に委ねていたことが本件証拠上うかがわれること、同事件の着手金は平成27年12月頃に受領したものであり、同受領時期に近接して、被告は原告X1に対し、借用書において個人事件の報酬から未払分の経費に充当する旨約していること・・・からすれば、原告事務所(原告X1)による報酬の受領を違法と評価することはできない。したがって、被告の上記主張は採用できない。」

「上記・・・の原告X1の被告に対する一連の行為は、①暴行による身体的な攻撃や被告の人格を否定するような表現を伴う長時間にわたる大声での威圧的な激しい叱責を頻回に繰り返し、その期間も相当に長期にわたるものであり(原告事務所に在籍する他の弁護士の面前でも行われたものでもあった。)、②これらの叱責にとどまらず、被告の人格を否定するような侮蔑的な行動をとったり、被告の人格・能力を否定するような呼称を含むメール等を原告事務所に在籍する他の弁護士宛も含めて送信しており、③遅くとも平成27年5月から同年6月頃以降、出退勤の報告や業務内容の報告につき過大な要求を行い(なお、本件証拠上うかがわれる被告の原告事務所におけるそれまでの執務状況や執務態度等に鑑みれば、原告X1が被告に対し事案管理表等を作成させたことは教育的指導の一環とみることができるとともに一定程度の必要性や合理性が肯定できるが、現実に被告において提出ができないことが繰り返されていたにもかかわらず、更に週間必対応リストや『今日中にやらなければならない』リスト等と題する各リストまでを作成させたことは、過大な要求であったと認められる。)、④被告の交際相手に不必要に接触したり、専門家の意見にもよらず被告の精神的疾病を決めつけるような行動をしたりするなどして、私的なことに過度に立ち入ったというものである。

原告X1は、原告事務所の経費を主に負担して経営する者であり、他方被告は、原告X1の元司法修習生であり、上記・・・のとおり独立の事業者と認められるとはいえ、弁護士登録をして間もない、原告事務所在籍時において事実上経済的活動を原告事務所における業務に依拠していた者である。

そのような両者の関係に照らし、上記の原告X1の一連の行動は、優越的な立場を利用して、原告事務所が受任した弁護士業務の遂行に当たっての適正な指導の範囲を明らかに逸脱して行われたものであり、被告に対する違法なハラスメント行為に当たるというほかない。

・・・

「原告X1が被告に対し上記のとおり長期間にわたりハラスメント行為を繰り返したこと、その他本件証拠上認められる一切の事情を総合考慮し、被告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、200万円が相当であると認める。」

3.(パワー)ハラスメントの違法性が認められた

 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律案(いわゆるフリーランス新法案)には、

「性的な言動に対する特定受託業務従事者の対応によりその者・・・に係る業務委託の条件について不利益を与え、又は性的な言動により特定受託業務従事者の就業環境を害すること」

「特定受託業務従事者の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものに関する言動によりその者の就業環境を害すること」

「取引上の優越的な関係を背景とした言動であって業務委託に係る業務を遂行する上で必要かつ相当な範囲を超えたものにより特定受託業務従事者の就業環境を害すること」

のそれぞれについて

「その者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講じなければならない。」

と規定しています(フリーランス新法案14条)。

第211回 通常国会|内閣官房ホームページ

https://www.cas.go.jp/jp/houan/230224/siryou3.pdf

 しかし、このフリーランス新法は、適用対象となるフリーランスの範囲が限定されているなど、必ずしも全てのフリーランスを保護できる構造にはなっていません(フリーランス新法案2条各号参照)。

 フリーランス保護新法の施行後も、適用対象にはならない個人事業主をどのようにハラスメント守って行くのかという問題は確実に発生します。そうした問題を考えるにあたり、裁判所の判断は実務上参考になります。