弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

弁護士の労働者性が問題になった例(否定)

1.労働者性が問題になる事件

 フリーランスの方からの相談を受けていると、業務委託契約や請負契約が締結されていても、労働者と大差ない働き方をしている人を目にすることがあります。こうした方々は、労働者と大差ない働き方をしているのにもかかわらず、業務委託契約や請負契約であることを理由に、委託者や注文主から過酷な契約条件を押し付けられていることが少なくありません。

 この場合、フリーランス側としては、労働者性を主張して行くことが有効な対処方法になります。労働者性が認められるという主張が通れば、労働法の適用のもと、過酷な契約条件の効力を否定したり、労働者としての権利を主張したりすることができるようになるからです。

 労働法上の保護や権利は強力であるため、発注者とフリーランスとの間では、しばしば労働者性をめぐって熾烈な争いが繰り広げられます。こうした紛争は昔からある事件類型であり、特に珍しいわけではないのですが、近時公刊された判例集に、弁護士の労働者性が争われた裁判例が掲載されていました。横浜地川崎支判令3.4.27労働判例1280-57 弁護士法人甲野法律事務所事件です。弁護士の労働者性が争われた事案は類例に乏しく、紹介させて頂きます。

2.弁護士法人甲野法律事務所事件

 本件で原告(反訴被告)になったのは、横浜弁護士会(現、神奈川県弁護士会)所属の弁護士(原告X1)と、同弁護士らが設立した弁護士法人です(原告事務所 平成25年9月30日設立)。

 被告(反訴原告)になったのは、原告事務所で司法修習を行い、そのまま原告に事務所に入所した弁護士です(平成23年12月15日登録)。

 引継ぎ等を行わないまま、原告X1の了承を得ることなく一方的に突然退職したことにより信用が毀損され、大幅な減収に至ったなどと主張し、原告らが、被告に対し、損賠賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 これに対し、被告は、不適切な職務遂行を行ったことなどを争うと共に、自らの労働者性を主張し、未払賃金や、未払割増賃金、損害賠償等を求める反訴を提起しました。

 裁判所は、ハラスメントがあったことを理由とする反訴損害賠償請求は一部認容したものの、次のとおり述べて、被告の労働者性を否定しました。

(裁判所の判断)

・指示命令について

「被告が平成24年に担当した事務所事件の処理に当たり、原告X1が具体的な指示命令を行ったことは本件証拠上認められない。」

「また、上記・・・のとおり、平成25年6月頃、被告が、原告X1から、C1の川崎サービスセンターから事件処理に関する被告の対応についてクレームを受け、同センター所長が苦言を呈する旨の録音を聞かされるなどして叱責されたことがあったこと、同年7月13日付けで、『教育方針』・・・『指導監督方針』・・・と題する書面が被告に交付されたこと、同年9月10日には被告が原告X1宛ての誓約書・・・を作成させられたことが認められるところ、被告は、原告X1による被告に対する指揮監督はそれ以前より強化された旨主張する。」

「しかし、複数の弁護士が法律事務所をともにする場合、弁護士職務基本規程において、その共同事務所に所属する弁護士を監督する権限のある弁護士は、所属弁護士が当該規程を遵守するための必要な措置をとるように努めるものと定められているから、原告事務所を経営する立場にある原告X1において、原告事務所の主な業務内容である大口の依頼者からのクレームに関連し、上記『教育方針』及び『指導監督方針』の各方針を示し、当該依頼者への対応の一環として誓約書等の作成を求めたとしても、これのみによって具体的な業務遂行について指示命令を受けたとまではいえず、また、個別のクレーム対応のほかに行った指導内容は、本件証拠上明らかではないことにも照らし、教育的指導の範疇にとどまるものとも解される(なお、被告は、本人尋問において、平成25年4月から月額10万円が懲罰的に不支給となっていた旨供述するが、当該供述を裏付ける客観証拠はなく、同年には原告事務所から給与名目で合計68万2269円の金員の支払を受けていること・・・及び契約条件3の内容に照らすと、被告の上記供述は採用できない。)。」

・時間管理等について

「本件全証拠によっても、被告の執務に関し出退勤の管理がされていた形跡はうかがえない。また、上記・・・のとおり、直行直帰に係る規律があったことを裏付けるに足りる的確な証拠もない。

・業務内容等について

「上記・・・のとおり、平成24年から平成26年に被告が担当した事務所事件については、平成24年当時が10件程度、その後は少なくとも20件程度である。」

(改段落)

「上記・・・のとおり、契約条件1においては、被告は、事務所事件の件数、種類、内容、業務量等にかかわらず、月額33万3000円の定額の報酬が支払われることとされ、現に支払われていたこと、平成24年12月20日までは所得税の源泉徴収がされていたこと、被告は、原告事務所の椅子や机等の貸与を受け、設備を利用していたこと等が認められる。」

「しかし、他方で、上記の定額報酬は当初より2年目からは原則として支給しないこととされており、もとより昇給等は予定されていない(特段の事情がある場合には本件弁護士会会費及び月額通勤交通費程度を支給する場合があるとする留保が付されているが、その内容から生活費援助等の必要から特に認めることを想定したものと解される。)。また、被告は、原告事務所に入所した当初より、労働保険等社会保険の被保険者とは取り扱われていない。」

「加えて、上記のとおり、被告は、契約に基づき処理していた事務所事件に関し、原告X1から指揮監督を受けていたとまでは認められないし、原告X1が被告の出退勤を管理していた形跡はうかがえず、労働時間や場所の拘束があったともいい難い。被告が服する詳細な服務規律はなかった上、個人事件受任等に関し許可を要するとし、経費負担を定めるほかは、被告の行う業務内容の範囲や業務の実施に関し、何らの定めも設けられていない。」

「そして、その後、平成24年11月22日に原告X1から示された契約条件2は、同年12月21日以降の1年間の報酬につき月額10万円とし、個人事件等の受任に際し、原告X1の許可から届出へと変更することとされたものであり、被告において、契約条件2への変更について、原告X1に対し特段異議等を述べた形跡はない。」

「さらに、被告は、平成25年7月には無報酬とする内容の契約条件3を示されたが、これに対しても特段異議を述べた形跡はなく(被告自身、独立を考えないでもなかったが、原告X1の下で事件処理を学びたいと考えたという趣旨の供述をしている。)、同年9月には被告が手続を行って法人化された原告事務所の社員となり、源泉徴収票上、被告は同月30日に法人化前の原告事務所を退職したものと扱われている。被告は、□□事務所の開設に当たり、原告X1から、C1の神奈川損害サポート部厚木保険金支払センターからの依頼の事件は今後被告が個人受任できるようにすればよいとも聞いており、被告自身、原告X1の費用負担による□□事務所の開設で、被告の個人事件の依頼を増やし、収益を上げることを企図していたものと推認される。現に、被告の個人事件に係る売上げ自体は、平成25年から平成26年にかけて大幅に増加している一方、F1弁護士が原告事務所を退職したことにより被告の担当事件が増加したことはうかがわれるが、当時の事務所事件の担当数については、上記のとおり、少なくとも20件程度である。」

被告は、弁護士資格を有する者であり、法律の専門家として独立した公正な立場で基本的人権を擁護し社会正義を実現することを使命とし、職務の自由と独立が要請される者である(弁護士法1条、弁護士職務基本規程前文、1条、2条、5条)。弁護士の業務の性質上、裁量の幅が広いからといって、直ちに業務に係る明確な指示がないとして指揮監督がないということになるものではない。

しかし、上記のとおり、被告の原告事務所入所当初より被告の業務内容等の定めや服務規律がなく、具体的な指示命令がされた形跡がないことに加え、原告事務所入所時の契約条件1及びそれに続く契約条件2の内容や個人事件受任等の条件の変更、その後法人化された原告事務所の社員となった経緯に照らしても、被告と原告X1の契約関係は、被告が独立の事業者として活動することを想定したものということができる。このことは、弁護士である被告において、契約条件1から契約条件3の内容から容易に読み取れるところであり、被告自身、少なくとも2年目からは独立の事業者として活動することとなる旨認識していたことは被告の陳述書・・・及び被告本人尋問の結果により認められる。

上記の経過等を総合考慮すると、被告と原告X1の法律関係は、雇用契約ではなく、被告の原告事務所入所当初から業務委託契約又は委任契約であったものというべきである。

「なお、上記のとおり、被告は、平成25年9月30日に法人化した原告事務所の社員となり、源泉徴収の手続上、同日付けで一旦法人化前の原告事務所を退職したものとされており、その際、被告は、原告事務所とは雇用関係になく、個人事業主であることから、弁護士国民健康保険組合に対して、厚生年金には加入せず、国民健康保険も変更なしとする手続を自ら行っている・・・。」

「弁護士法人の社員は、他の社員の承諾がなければ、自己又は第三者のために、その弁護士法人の業務の範囲に属する業務を行ってはならないものと定められており(弁護士法30条の19第2項。原告事務所の原始定款においては、被告が弁護士業務の労務出資を行うことが定められた。)、一方、当該原始定款において、原告事務所に利益が出た場合には、各社員の損益分配の割合はその出資額による旨定められており(同定款22条。弁護士法30条の30第1項により、会社法622条1項が準用されており、上記内容はこれに沿うものである。)、また、脱退した社員は持分の払戻しを受けることができるものとされている(同定款18条。弁護士法30条の30第1項により、会社法611条1項本文が準用されており、上記内容はこれに沿うものである。)・・・。したがって、被告は、社員として、原告事務所に損失が出ればその負担を受ける一方で、利益があればその配分を受け得る立場にあったのであり、このような被告の立場からも、遅くとも平成25年9月30日以降の被告と原告事務所の法律関係が雇用契約であったとは認め難い。」

「被告は、原告X1と被告の法律関係が契約条件1の条件で雇用契約として原告事務所との関係においても承継され存続していることを前提として、平成26年1月22日頃に原告X1から激しい暴力を受けたことで、原告X1の暴力により反抗を抑圧され、事務所事件の担当を自らの意思で拒絶すること等到底できない支配従属関係下に置かれ、完全に諾否の自由を奪われたことや、誓約書、始末書等を頻回にわたり求められたこと、平成27年5月頃からは事案管理表等の提出を求められるなど厳格に指揮命令を受け、時間管理をされたこと等を雇用契約を基礎付ける事情として主張する。」

「しかし、被告が主張する上記各事情があった頃には被告と原告事務所との間に固定給の定めはなく、また、被告に対する暴行、事案管理表等の提出や出退勤に係る原告X1の態度は上記・・・及び後記・・・の限度で認められるが、これらには原告事務所に在籍する他の従業員(事務員)等や原告X1が雇用契約を締結したと自認しているG1弁護士及びI1弁護士に対する処遇とは異なる、被告のみに対する個別の対応が多く含まれていることからすれば、原告事務所を経営する者として被告に対し優越的な立場にあった原告X1による後記認定のハラスメントの一環として説明できることは別にしても、これらの事情により被告の労働者性が基礎付けられるものとはいい難い。」

「よって、労働者性に係る被告の主張は理由がない。」

3.本件では労働者性が否定されたが・・・

 契約条件1、契約条件2、契約条件3とあるのは、被告との契約条件に関して作成された「勤務弁護士雇用条件」と題する書面の記載内容を意味します。

 裁判所は、各契約条件について、次のとおり認定しています。

「ア 平成23年12月16日付け勤務弁護士雇用条件と題する書面(・・・以下、この雇用条件を『契約条件1』という。)

期間  平成23年12月21日から平成24年12月20日までの1年間

報酬  月額33万3300円(毎月20日締め、当月25日支払)(年俸400万円を12か月で除し、100円未満を切り捨てたもの)

2年目からは原則として支給しない。ただし、特段の事情がある場合には、本件弁護士会会費及び月額通勤交通費程度を支給する場合がある。

控除 源泉所得税のみ

個人事件の取扱い

国選刑事事件及び法テラス事件に関しては、①法テラス事件は着手金及び報酬金の15%+消費税分を原告事務所に納付し(法テラスから支給される訴訟費用等実費は原告事務所で管理)、国選刑事事件は実費として報酬金10%+消費税分を原告事務所に納付する、②破産管財事件及び後見等事件は、実費及び売上金額の25%を徴収する、③上記①、②以外の事件は、実費及び売上金額の20%を徴収する。

上記①、③の場合で原告X1の名を使用する事件は、実費及び売上金額の35%を徴収する。

上記①から③の定めにかかわらず、原告X1の紹介による場合は、原告事務所に納付する割合は35%とする。

個人事件の受任、弁護団への参加及び大学等での指導については、原告X1の許可を要する。」

「イ 平成24年11月22日付け勤務弁護士雇用条件と題する書面(・・・以下、この雇用条件を『契約条件2』という。)

期間  平成24年12月21日から平成25年12月20日までの1年間

報酬  月額10万円(毎月20日締め、当月25日支払)

3年目からは原則として支給しない。ただし、特段の事情がある場合には、本件弁護士会会費及び月額通勤交通費程度を支給する場合がある。

個人事件の取扱い

上記アの同項目のうち、①、③の場合で原告X1の名を使用する事件は実費及び売上金額の30%を徴収することとされたこと、個人事件の受任、弁護団への参加及び大学等での指導については原告X1への届出を要するものとされたこと以外は、上記アの同項目と同様の条件

「ウ 平成25年7月18日付け勤務弁護士雇用条件と題する書面(・・・以下、この雇用条件を『契約条件3』という。)

期間  平成25年7月1日から平成26年7月20日まで

報酬月額  なし

交通費  田町駅と川崎駅間の6か月分定期のみ支給し、今後は支給しない。

個人事件の取扱い

事務処理費用として、全事件に関し、1事件当たり実費として4000円を原告事務所に納付する。

国選刑事事件及び法テラス事件に関しては、①法テラス事件は着手金及び報酬金の20%+消費税分を原告事務所に納付し(法テラスから支給される訴訟費用等実費は原告事務所で管理)、国選刑事事件は実費として報酬金15%+消費税分を原告事務所に納付する、②破産管財事件及び後見等事件は、実費及び売上金額の30%を徴収する、③上記①、②以外の事件は、実費及び売上金額の25%を徴収する。

上記①、③の場合で原告X1の名を使用する事件は、実費及び売上金額の35%を徴収する。

上記①から③の定めにかかわらず、原告X1の紹介による場合は原告事務所に納付する割合は40%とする。

個人事件の受任、弁護団への参加及び大学等での指導については、原告X1への届出を要する。」

 法曹有資格者同士が「雇用条件」と題されている書面通りの契約条件に合意しているのであれば、両者の契約関係は雇用契約(労働契約)と認定しても良さそうな気もしますが、裁判所は、被告の労働者性を否定しました。

 弁護士の場合、事務所移籍や独立が比較的容易であるため、待遇に納得ができない場合、労働者としての権利主張をするよりも、早々に見限って事務所を去ってしまうという選択をとる方が多数を占めます。そのため、弁護士の労働者性が争われることはあまりありません。

 しかし、業務委託契約の形式で働いている弁護士の中には、労働者性を主張できるケースも相当数含まれているように思います。

 本件は弁護士の労働者性が正面から争われた稀有な例として、実務上参考になります。